<bgsound src="tomorrow.wav" >


「明日」
      『Es空の鏡』第6号(2003年11月)掲載


                   よろぼうし
   修羅の巷生き抜ききたる弱法師汚すべき晩節をまだ持つ

   早暁の褥は夢の草生にて冷たき場所に身を片寄せる

   変えられぬ人生がある三階のバルコンに毛布二枚が干され

   高所より抛りてみれば木も石もやがて真下に向きて加速す

   上を向いて歩いた日々は路上なる蓋ことごとく閉まりていたり

   かさぶたを剥がしたくなる年ごろも過ぎて分厚くなる面の皮

   くそ親父滅びたる世をはかなみてひっくり返ったままの卓袱台

   街川の岸に憩える柳の木生きたるものの上にもしだる

   追悼の集いについて字ばかりの案内状がFAXで来る

   ひさかたの陽差しあまねき真っ昼間竿竹は声のみにて売られ

   コッカソンボウノトキイタリ……。厨房に猿ならざるが剥ける玉ねぎ

   まがいものの恐怖たちまち蔓延す往年のホラークイーン没後

   一巻の終わりであればつらつらと書きおかむとすよけいなことも

   千手観音来たればさして縁もなき衆生やすやす手玉に取らる

   人心地まだあるうちは空よりも低き天井の下にて眠る
                          ひとくれ
   不浄なる民らの肩に置くまでは手は一塊の鈍きあかがね

   御身大切なれば十字に似て非なる避雷針背にかついで歩く
   
   尋く前にわたしが映る「鏡よ鏡、世界でいちばん美しいのは」

   泥舟はもう沈んだか 指くわえカチカチ山にて待つたぬき汁

   傷口は自分で舐める 時へては奇しき琥珀とならむ樹の脂

   街ここにありしなごりか炎昼の野に一面の焼けぼっくいが

   そこにもう終わりが見えて村中の昔破れし恋に火がつく

   雑魚なりの誇りひとつが頼りにて群れねば紛れてしまうゴンズイ

   嘘もまこともなき世を流れ流れきて月なき夜座頭市が目を開く

   亡き人の日記燃やせば目に痛いパチパチ嘘ばっかりが弾けて
                                     と
   鷲掴みにしおれば胸がきりきりと痛くて手動ドリルの把っ手

   ささやかな悲劇は終わりかの国にまだ崩すべき山の二つ三つ

   影濃きも薄きも混じりこもごもにささめけり月下慰霊塔裏
                                しる
   今朝よりは書肆にて売らる新しき死者かつて誌しおきし裏面史

   きのうと同じ道行くときの靴底に刺さる小さな記憶のかけら



   「地球図」「街角の定型論」「運ばれゆくもの」「蠢」「あやはべる、くせはべる」「描かれざりし絵」
   「季のめぐり」「名無しの刑」「戻る日」「初雪以前」「ひとでなし」「転生祈願」「僕の実験」
   「撮影禁ズ」「水辺の街にて」「話ぎらい」「箱の中身」「ペンは強いか」「うそ童心」 / 「遠い地平」 /
   
「バスケットケース」 / 「けるかも」
   目次 歌集『風見町通信』より 『アンドロイドK』の時代『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ / 短歌作品(2008年以降)
    
一首鑑賞 新作の部屋(休止中) うみねこ壁新聞 作者紹介