「戻る日」
                 
『Es蒼馬』第9号(2005年5月)掲載



   後頭部撃たれしのちに思い出す戦ったという遠い記憶も

   まず馬を殺したものだすべからく人馬一体なりしあのころ

   動物にも人にもありて急所とはやわらかきもの目とか喉とか

   野の花も草も恥じらう傷持たぬ真白き足にしだかるるとき

   抜け道はいくらでもある封じきれぬ異論ひとまず追いやるための

   眠れない夜がまた来て家々の天井に節穴ばかりが増える

   終わりです物の数にも入らない羊らにまで見放されては

   誰の目にも見えざりければ粛々と宇宙史は人の頭で作る
                        
 ヒトデ
   雨上がりの海浜パーク春の陽が青き海星の背に突き刺さる

   念のため網目つめれば喰い出なき稚鮎ばかりを捕えてしまう

   血は熱いうちに抜くもの食うための豚一頭を屠りしのちに

   今は信じていてもらうため汚れてはいない方の手握らせておく

   教室では子供同士が細い手で鼻ッ柱をぽきんと折り合う

   遊び心少しくありて出る杭はモグラ叩きの要領で打つ

   コーラスに欠かせないのは和であると指揮者語りぬ棒振る前に

   完敗と決まりしのちの一投は鉄のリングを直接狙う

   ひとまずは奪いし球もルールにて三歩歩まぬうちに手放す

   過去未来隔つる長きその道を近ごろじゃみんな斜めに渡る

   呑み込んだ言葉は薄い鉛筆で誰も読まない日記にしるす

   生きる糧は必要にしてしかるべく給食室から運ばれてくる

   こんなにも傷つきやすい胸だから切っ先はいつも外へと向ける
         
 て
   受け止める掌も胸もなく六月の屋上プールに陽ざしは溜まる

   三界に住む身の軽さ天誅と違う罰ならこの手で下す

   切るときはすっぱりと切る今朝までは強い味方であった背中も

   人肌のほのかな温み傷口は刃離れしのちに開くも
                       
 みまえ
   絶たれたる命というは清らにて神の御前に秘所をも曝す

   朝ごとに机上にひとつ花を生く遺されし身の嗜みとして

   思い出は写真でのこす君たちがずっと子供でいられるように

   人の世の続ける限り身を以ちて次代に伝う罪なす術も

   まっしぐらに坂道下る 軍港の街にぼくらは必ず戻る


   「地球図」「明日」「街角の定型論」「運ばれゆくもの」「蠢」「あやはべる、くせはべる」
   「描かれざりし絵」「季のめぐり」「名無しの刑」「初雪以前」「ひとでなし」「転生祈願」「僕の実験」
   「撮影禁ズ」「水辺の街にて」「話ぎらい」「箱の中身」「ペンは強いか」「うそ童心」 / 「遠い地平」 /
   
「バスケットケース」 / 「けるかも」
   目次 歌集『風見町通信』より 『アンドロイドK』の時代『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ / 短歌作品(2008年以降)
    
一首鑑賞 新作の部屋(休止中) うみねこ壁新聞 作者紹介