「初雪以前」
        『Es蒼馬』第9号(2005年5月)掲載
           
─「特集・劇に遇う」参加作品─



   サカモト 前とは違うかもしれない。それでもいい。もう一度やり直そう。
   ミナト 駄目よ。それはできないわ。あなたはあなたの場所に帰りなさい。
   サカモト なぜだ。
   ミナト みんな見て。雪よ。私、確かに約束していたわ。一緒に雪を見よう
     って……。でも、二度とやり直すことはできない。……私たちは、もう
     出会ってしまったのよ。

           坂手洋二「ブレスレス ゴミ袋を呼吸する夜の物語」
          (『ブレスレス/カムアウト』所収、而立書房・1991年刊)


   死に場所を探していたよ 生臭き人間の屑のはしくれとして

   身も骨も分けずに埋めるまだゴミでなかったころの記憶とともに

   何にせよ捧げられたい人だから、パパ、あなたには空の柩を

   行き場なきたましいしずむ雪雲の下の重たい空気の底に

   思い残すことはもうない鸚鵡貝こうなってから見つけられても
        
と わ            グル
   地上にて永久にぞ生きむ終末を師よあなたは軽々と越え

   弱い力だけれどこの手で押してみる人ひとり雨のホーム端へと

   でもそれは起こったのだし そんな気じゃなかったなどと悔やんでみても

   睦まじくあらねばならず不孝なる子を奪われし父母の老後は

   明日の朝は雨ところにより雪になるでしょう祈りは届かなくても

   逆縁はそぞろに寒くおさな子の髪にピンクのリボンを結ぶ

   かくれんぼは子供の遊び鬼である一人に皆が見つけてもらう

   もう雪を待っても無駄だ 蝋燭を消して終わらす最後の夜を
                     
 おも
   人なりしころの記憶もはるかにて念い等しく土へと還る
        
 ながら
   名のみにて存えたりき人手にて掘り出ださるるまでの刻々

   迷いなく行かせむがため悲しみの顔にて送る帰らぬものは

   封筒を開ければ決まる宛名なき父の遺言状の真贋

   また出会ってしまわぬように捨てられし身はどぶ川にも一度捨てる

   生きる価値はあると思った はずみにて人を殺めし霜月雨夜

   冷気のみ地に積もらせて風花は過ぎゆくビルの谷間の空を

   傘は二本用意しておく道ならぬ仲というには今はあらねど

   いずれまた初雪は来る 街角で見知らぬ人と人とが出会う


   「地球図」「明日」「街角の定型論」「運ばれゆくもの」「蠢」「あやはべる、くせはべる」
   「描かれざりし絵」「季のめぐり」「名無しの刑」「戻る日」「ひとでなし」「転生祈願」「僕の実験」
   「撮影禁ズ」「水辺の街にて」「話ぎらい」「箱の中身」「ペンは強いか」「うそ童心」 / 「遠い地平」 /
   
「バスケットケース」 / 「けるかも」
  
目次歌集『風見町通信』より『アンドロイドK』の時代『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ / 短歌作品(2008年以降)
   
一首鑑賞新作の部屋(休止中)うみねこ壁新聞作者紹介