「蠢」 『Es伽藍』第7号(2004年5月)掲載
ね
春の音は耳を根雪につけて聴くあつい血汐にふくらむ耳を
とき
いまだ秋到らざるゆえ虫たちは眠らせおかな二月の雨に
い ち ょ う
音もなく地にたなびいて公孫樹とも見えざる影を踏みてきにけり
路地行けばおりおり聞こゆ明るくて出るに出られぬものらの声が
にしん
白子もつ鰊ほぐしおりぐずぐずと苦き臓腑は箸にて除き
いい
愛なるは無私の謂にてすべからく不義の子をさえたやすく孕む
高からざる春の空へと昇るときやけに凛々しく啼く揚げ雲雀
地軸ぽきりと折れし真夜中こぞりてぞ起て万国の時計職人
ち
落ちてこぬ星採らむため小さきらが背丈ほどなる脚立にのぼり
くさめ
想像上の動物なりと侮られ龍は嚔す銀河のほとり
しか
続々とまた生まれくる逆賊の家系ごと確と断たざりしかば
もうきれいごとではすまぬ青蠅が鼻の頭の数だけ孵り
労働を知らぬ細腕 事あらばその肘前へ向かって尖る
さが
情もたぬ外科医のメスが暴き出す汝が身の内のくすしき性も
取りとめなき内部マニュアルことさらにきっぱりとべからず集にて終わる
深きふところ誇示しておれば捨て身にて小兵力士が突っ込んでくる
飛び道具持たされざれど誤たず打てばかならず勝つ詰め将棋
海底を夜々忍び来るうみうしのうつし身茫と発光しつつ
きた
西瓜ドロ夜明けに来るつきしろの影にか黒きつむりを晒し
うつつなる水に架かれる浮き橋をあるときは揺れに合わせて歩く
・「地球図」 / 「明日」 / 「街角の定型論」 / 「運ばれゆくもの」 / 「あやはべる、くせはべる」 / 「描かれざりし絵」
/ 「季のめぐり」 / 「名無しの刑」 / 「戻る日」 / 「初雪以前」 / 「ひとでなし」 / 「転生祈願」 / 「僕の実験」 /
「撮影禁ズ」 / 「水辺の街にて」 / 「話ぎらい」 / 「箱の中身」 / 「ペンは強いか」 /
「うそ童心」 / 「遠い地平」 /
「バスケットケース」 / 「けるかも」 /
目次 / 歌集『風見町通信』より
/ 『アンドロイドK』の時代 / 『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ
/ 短歌作品(2008年以降) /
一首鑑賞 /
新作の部屋(休止中)
/ うみねこ壁新聞
/ 作者紹介