「描かれざりし絵」
       
  『Esナジェーナ』第8号(2004年11月)掲載


                
   目路遠く未来明るし描くまえに画用紙は顔の前にて丸め
         
  はや
   少年期過ぎし逸りに夢でなく飛行機乗りなどしばらく目指し

   腹の虫飼い慣らすべく軍服と軍規に不肖この身を任せ

   各々に行き先ありて並びおる匹夫匹婦はバスにて運び

   転生の望み絶たれし独り身が隣町へと籍だけ移し

   愛に真偽なしと知りえしこの日頃いそいそとわれら夜会に集い

   さはされど愛は永遠。未練にはあらず逃げたる女房を口説き

   装えば狂ぞ楽しき明日には紛れなき勝者たらむと信じ

   地上より奈落を望む者のまえ至るところに入り口はあり
            
 ちちはは
   よき子たれと願う父母その子らにつかのま門は細く開けられ
                   
 
   やわらかき肉捌きゆくかつて吾に酷薄たりし父性を思い
                                  
あがな
   懲りずまにまた重ねたるわが罪を罪なき子らの血にて贖い

   白洲にて血涙しぼる羅刹にもなれざりしどっちつかずを悔やみ

   彼もまた他人のひとり声弾ませながら是非なきことのみを告げ
     
  はつ
   心残り僅かあらしむ畏くも望まれて獄の内にて娶り

   目覚むれば生きてまだあるそのことが一生一度の悲しみであり
                   

   街上を闊歩しきたる畜生の往ぬるとき穴は足下に開き

   抜け殻となりゆく身より垂れ下がる脚に俗世の秋の風吹き
                      
 さだめ
   私心なきは神の業にて何びとにも運命等しく理不尽であれ

   後生いまさら願いもせぬがあわよくばわが手に掛けし子らと遊ばな


   「地球図」「明日」「街角の定型論」「運ばれゆくもの」「蠢」「あやはべる、くせはべる」
   「季のめぐり」「名無しの刑」「戻る日」「初雪以前」「ひとでなし」「転生祈願」「僕の実験」
   「撮影禁ズ」「水辺の街にて」「話ぎらい」「箱の中身」「ペンは強いか」「うそ童心」 / 「遠い地平」 /
   
「バスケットケース」 / 「けるかも」
   目次 歌集『風見町通信』より 『アンドロイドK』の時代『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ / 短歌作品(2008年以降)
    
一首鑑賞 新作の部屋(休止中) うみねこ壁新聞 作者紹介