「水辺の街にて」
『Esさざめき』第11号(2006年5月)掲載
ひと様に食われてなんぼ大地より離されし植物の根と葉と実
長くまた狭きをぬけて水流は管の先なる虚ろより垂る
またひとつ硝子を伝う水滴の降りゆくは深き心のきわみ
も くれない
川の面に映れる淡き紅のかげに曳かれて降る桜花
ひ と
蝶に似たる何かひねもす翔び盛る生来狭き人間の視界を
透明な死を抱きつつ街ごとに大気湿りてゆける夜々あり
なだ
地に向きて緩き角度に傾りなす屋根は天与の雨にて洗う
いくとせ
幾年を地下にて生くるやがて来るただ啼くだけのひと夏のため
まろ
ハーブティー飲みさしなるに転び入る窓ゆ射したる光の粒が
亡びない世界などない テレビから今日の始めの声が聞こえる
希少なる魚の類も棲むというたとえば高層階の窓辺に
行き止まりの歩廊の奥の何処よりか真夜茫としてものの来たれる
音もなく雨降りしきる今閉じたばかりの重い扉の手前
点鼻薬まうえに向けて注す先に千余グラムの脳髄がある
曝書なす司書らの耳に感動はもういいと本の虫がつぶやく
画材屋に集う鳥たちせせらぎに似合うまぶしい色を探して
畏くも還暦祝う言うほどに悲喜こもごもを知らぬウミガメ
四つ足の奴らの手には太陽に翳したくなるてのひらがない
人々は夢を持てりき世界地図に植民地まだ多かりしころ
おちかた
神意にて未完のままに遺されし塔あり遠方よりぞ眺むる
封ずべき文もなければ空き瓶の蓋はおのおのはずして捨てる
寝台車下段に揺れてほのかにも思ほゆ沖ノ鳥島、ツバル
千年に一度ばかりのスコールに老杉は濡れそのたび乾く
大きなる船行かすべく両岸の民らは高く橋を跳ねにき
は
往年の怪盗どちが飲み過ぎて嘔けばすずろに鳴る金盥
どうしても照れてしまうよ 懺悔する心は先にそぶりで示し
遺言は遺書ならずして末項に難題ひとつ加えおくなり
円環に終わりなければ技にては勝てぬ巨漢が力で押しきる
戦知らずのランナーたちが国境を越えて運べる聖なる火種
明け近き監視室なるモニターに映るまあるい世界の一部
・「地球図」 / 「明日」 / 「街角の定型論」 / 「運ばれゆくもの」 / 「蠢」 / 「あやはべる、くせはべる」 /
「描かれざりし絵」
/ 「季のめぐり」 / 「名無しの刑」 / 「戻る日」 / 「初雪以前」 / 「ひとでなし」 / 「転生祈願」 /
「僕の実験」 / 「撮影禁ズ」 / 「話ぎらい」 / 「箱の中身」 / 「ペンは強いか」 /
「うそ童心」 / 「遠い地平」 /
「バスケットケース」 / 「けるかも」 /
目次 / 歌集『風見町通信』より / 『アンドロイドK』の時代 / 『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ
/ 短歌作品(2008年以降) /
一首鑑賞
/ 新作の部屋(休止中) / うみねこ壁新聞 / 作者紹介