「バスケットケース」
       『Es叉路』第14号(2007年11月)掲載



  
平凡な日々なるほどに避けがたく地雷あえなく踏むときもある

   ひととおり言葉で教え込んでおくどうせまだない戦いのため

   聞く耳のあるを幸い聞くだけは聞いておこうか冗談にせよ

   割り切った関係だけを希望するきみの都合をしばらく愛す

   継続は金なるらしくようように四季の味覚に似てくる援交

   やわらかさが売りものなれば剝き終わるまでにいくらか桃はつぶれる

   美味らしと噂には聞く嚙むための歯もつウツボという憎い魚

   耳に痛きことも聞かせてまたの日の寝物語にとっておくから

   自分以外のからだで測る掻きむしるほどにもあらぬ胸の厚さは

   つつがなく果てたるのちはどの色のメダルも人の首よりさがる

   ただの弱虫ではない限り誰にでも全て投げ出す潮どきがある

   なけなしの勇気に代えてふるうため棒をつまみぬ指揮する人は

   行く先を皆が誤るそんな気じゃなくて送った秋波のせいで
                   

   宵闇にふとも失せたりこの家にてもっとも小さき穴もつ針が

   ふるさとを指さしやればそこのみが赤くエビ反りの日本列島

   釣らむべき何棲む海か大空に星くずを撒く 天のえびすは

   こんなときは攻めるが勝ちさ標的が自分ひとりに定まる前に

   内ふかく痛むむらぎも隙ありて固き防具の上から突かれ

   棒読みにしとけ今さらそれ以外言うべき何がある遺憾の意

   もう時間の問題だけどうつぶせの背中は生きているうちに踏め

   ごみとしてともに捨てらる戯れに捥がれしのちのその手足はも

   兵たちも夢見る戦後ひとり寝にイルカ枕を抱きて眠れば

   死にきれぬ腹いせとしてあおむけの姿勢で上に向けて組む腕

   先に立たぬいくつものもの捨ててきてやがて羽化なす蠅のたぐいも

   孤児なるがゆえの矜恃か雪だるま死して炭団の目鼻を残す

   天国は人にも行ける憧れの空ゆく鳥になれなくっても

   この戦いが終わったら海を見に行こうかバスケットケースを借りて

   金で買える愛など知らぬその子らのため一枚の硬貨を投ず

   ひとの手によりて植えらる背伸びして嗅ぐべき花としてタチアオイ
                   
  わ ら
   あの日とは違う少女が曖昧に微笑う消えゆく余光の中で


   「地球図」「明日」「街角の定型論」「運ばれゆくもの」「蠢」「あやはべる、くせはべる」
   「描かれざりし絵」「季のめぐり」「名無しの刑」「戻る日」「初雪以前」「ひとでなし」「転生祈願」
   「僕の実験」「撮影禁ズ」「水辺の街にて」「話ぎらい」「箱の中身」「ペンは強いか」 / 「うそ童心」
  
「遠い地平」 / 「けるかも」

  
目次歌集『風見町通信』より『アンドロイドK』の時代『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ / 短歌作品(2008年以降) /
   
一首鑑賞新作の部屋(休止中)うみねこ壁新聞作者紹介