「うそ童心」
『Es滾滾』第13号(2007年5月)掲載
フルムーンの旅にて来たる秘湯にてふと初恋を悔やみ始めつ
あのころは踏んでも踏んでも一面に咲いていたっけ蓮華の花が
むかし誰もが子供だったと知るために遊ぶお伽のテーマパークで
始まっていない未来はやりかけのビンゴシートの穴から覗く
幼き日よりの尽きせぬ憧れの半身だけで生きるマンボウ
ことさらに薄く漉きたり戯れに掬う命の軽さに合わせ
真剣に探しちゃだめだ愛だらけのこんな地球で生きてくからは
引き返す勇気が急に湧いてくるやりすぎの一歩手前のあたり
使い勝手さほどよからぬ知恵として天より授けられし三猿
宇宙戦争終えたるのちのそれぞれの死者は鶴亀算にて数う
友好と平和のために飛ばすのはやめておけ赤い風船だけは
当面の対策として晴れの日はウサギ同士で走らせておく
覚めよとは何を今さら 見続けているうちに夢でなくなった夢
天才と言われたくなく少しだけ足りないところを努力で埋めた
はずみにてこの指先を咬みしまま外れずにあるバッタの首が
無意味とはこのことならむ人の目に入るべく夕べ群なせるブヨ
遠目には蛇かと見ゆる細きもの盛夏路面にのたうち回る
土砂降りの雨の最初のひとすじが刺さりゆくあの魚影のまうえ
積年の成果たれども試みに折ればたやすく折れる石筍
えにし
出航は恙なかりき紙テープほどの縁をそのたび断ちて
旅人は高きを目指す掻き捨てし恥のその後を見下ろさむため
通り雨過ぎたるのちを平らぎて空見ゆ浅き水田の底に
とく
野垂れ死には古来稀にて速やかに骨となるべく篤とし焼かる
冷所にて凛として待つ甘エビは死してはじめて鮮度を問われ
言うまでもなきことながら口あらぬ者らなべてを死人とぞ呼ぶ
されどまだ動く指もて墨を磨る溜まるべくある窪みに向けて
もん じ
縦横にくねる穂先の勢いの行き着くところ文字というは
やむにやまれぬ言葉しばしばどす黒し腹の底より押し出だせれば
まぎれなき真理言うときひらひらと見えて一枚目の舌踊る
ありそうなことしか書かぬ不器用も魅力と言っておこう皆には
・「地球図」 / 「明日」 / 「街角の定型論」 / 「運ばれゆくもの」 / 「蠢」 / 「あやはべる、くせはべる」 /
「描かれざりし絵」
/ 「季のめぐり」 / 「名無しの刑」 / 「戻る日」 / 「初雪以前」 / 「ひとでなし」 / 「転生祈願」 /
「僕の実験」 / 「撮影禁ズ」 / 「水辺の街にて」 / 「話ぎらい」 / 「箱の中身」 / 「ペンは強いか」 /
「遠い地平」 /
「バスケットケース」 / 「けるかも」
/
目次 / 歌集『風見町通信』より / 『アンドロイドK』の時代 / 『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ
/ 短歌作品(2008年以降) /
一首鑑賞
/新作の部屋(休止中) / うみねこ壁新聞 / 作者紹介