「箱の中身」
       『Esナシマ』第12号(2006年11月)掲載


   つが
   番いなる鳩それぞれの目と鼻の先に尖りていたるくちばし

   太平の世の習いとてありたりし鳥も通わぬ刑場の島
      
 しか
   爆弾も然り上から見下ろすに限る落ちゆくものの末路は

   ありとある悪ふり撒きしそののちのただの箱にてくすぶる希望

   他人ひとり傷つくたびに弾きやる古きそろばんの五つめの玉
                     
しゅうね
   底があるなんて知らない幼子の執念く掘り続けている砂場

   ひねもすを笑みたるままに置かれある聖母被昇天図の描き損じ

   タブーとは犯すべきもの出で入りのたびに敷居は跨いで越える
                                   
 ひとや
   少なくとも一家にひとつ近ごろじゃクローゼットと呼ばれる獄 
                     
 ふち
   飛び出せば二度と戻れぬ外側に縁ごと反り返る金魚鉢

   制限時間来て安堵する行き止まりばかりが多い迷路の中で

   ありきたりという批判にも動じない意志もて描き上げし柘榴の絵

   見るからにそうとわかればどの店も贋作ばかりが飛ぶように売れ

   法治国か否かによらず守られるとは限らない順番がある

   飲む前に引くプルリング空っぽの缶の一部として捨てられる

   死者運ぶためのみに四肢生やしやる馬にあらざるきゅうりの胴に

   アルマジロって何かにつけてやわらかい腹を隠して丸まるやつだ

   死角など認めたくない亀たちの必要以上にねじ曲げる首

   この星に青き海あり 食われてもいいからいつかなりたい鯨

   世界中が守ってくれる暴君とあとは被害者だけが住む国

   望んでは誰も行かない戦いに賭ける命もまたある俗世

   自らを責めるうるさい声なんか閉じこめておけ帽子の下に

   剥く暇もなきまま朽ちて人間の牙は歯医者がやっとこで抜く

   殺し方まだ知らぬ子とおはなしの国へ探しに行く毒リンゴ

   人生はゲームにも似て迂闊にも石にされたるままにて終わる

   計算の合わぬが娑婆の常なれば八度目もまた転べるだるま

   蚊以外は虫も殺せぬ男らが今朝もレレレと掃かれて消える

   人らしく余生を生きてゆきたくて読む机上版逆引き辞典

   あえかなる実在としてゆるやかに斜光を遡りゆく微塵は

   恥すらも嬉々とし晒す刻々と変わる遥かな未来のほうへ


   「地球図」「明日」「街角の定型論」「運ばれゆくもの」「蠢」「あやはべる、くせはべる」
   「描かれざりし絵」「季のめぐり」「名無しの刑」「戻る日」「初雪以前」「ひとでなし」「転生祈願」
   「僕の実験」「撮影禁ズ」「水辺の街にて」「話ぎらい」「ペンは強いか」「うそ童心」 / 「遠い地平」 /
   
「バスケットケース」 / 「けるかも」
  
目次歌集『風見町通信』より『アンドロイドK』の時代『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ短歌作品(2008年以降)
   
一首鑑賞新作の部屋(休止中)うみねこ壁新聞作者紹介