「ひとでなし」
        『Es紅馬』第10号(2005年11月)掲載



   天球は果てしなき檻つばさ持つ鳥も持たざる獣類も容れ

   地に棲める種族の習い無償なる愛は冬でも裸で試す

   月に一度はあかすりエステ 身から出た銹は他人に落としてもらう

   粗大ゴミ置き場にひとり父眠る夜ごと冷蔵庫を柩とし
   おのれ
   己ひとり鍛えるための試練なら神でなくても授けてやれる

   しかるのち歴史は動く神託を告げた自分が始めに信じ

   喜怒哀楽は表に出すな 静脈に似て盛り上がるメロンの網目

   目配せも届かぬ遠さ汀なる蘆原は火の形にそよぎ

   護るためのいかなる武器も自然にはあらざりしゆえ人が造りぬ

   この国の流儀といえど沐浴も過ぎては気までふやけてしまう

   今ならまだ浮かぶ瀬もある 蓮華坐を解けば萌せる俗念なれど

   寿司折りに残る〆さば誰だって結果のために手段を選ぶ

   人心は心耳にて聞き言葉にて掴む罪なき嘘もまじえて

   一期は夢と思い定めてうつつにはなしえぬ罪も犯さむとする

   いくそたび肉を切らせて骨断ちし刺客は骨と名のみを遺す

   愛さぬがよい埒もなき人生にいずれ巻き込む係累あらば
   
   退くを知らぬムカデのごとき隊ありて節ごとに足一対を持つ

   街上に人溢れ出す雨上がり逃げ道は傘の先にて空ける

   担架隊救うべく来て一台につき一体を載せて去りにき
                               
   水中は興なきところ魚になるまでのいく夜を寝ねて過ごせり
   みなも
   水面より仰ぎてみれば川岸と同じ高さに橋は懸かれる
                 か
   終戦を待ちいしごとく水夫ら来て水漬く屍に手を伸ばしやる

   立たされるまでは寝て待つまっさらの墓標正しく十字に組まれ

   閻魔ひとえに怖ろしければ娑婆にては非のなきはずの罪をも認む

   後世はダニか毛虫と決め込んで人でなしらが露命を惜しむ

   身の内に虚ろのあれば「口偏に愛」気(おくび)とういらざるものも込み上げてくる

   日に三たび時を知らせる腹時計やり直しの利く過去もあるかも

   大予言はずれてみれば気にかかる空の彼方のオゾンの厚み

   シャンバラはある。海越えて行かずともこのちっぽけな両手の中に
         つい
   被告席は終の楽園おりおりはロバの耳もつ王にも出会う


   「地球図」「明日」「街角の定型論」「運ばれゆくもの」「蠢」「あやはべる、くせはべる」
   「描かれざりし絵」「季のめぐり」「名無しの刑」「戻る日」「初雪以前」「転生祈願」「僕の実験」
   「撮影禁ズ」「水辺の街にて」「話ぎらい」「箱の中身」「ペンは強いか」「うそ童心」 / 「遠い地平」 /
   
「バスケットケース」 / 「けるかも」
  
目次歌集『風見町通信』より『アンドロイドK』の時代『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ / 短歌作品(2008年以降)
   
一首鑑賞新作の部屋(休止中)うみねこ壁新聞作者紹介