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「やさしい神」
       『Es彼方へ』第2号(2001年10月)掲載



   面俯せて居たれども春はめぐりきていずれ立たねばならぬ芍薬

   隔てあらぬ無何有の郷に生まれつきどのように人は人を救える
                いくさがみ
   和ばかりを貴べる世に軍神来りてキッと破る横紙

   傷あらぬ人ばかり乗せ飛ぶ船は恥知らざらば過去へは飛ばず

   罪知らぬ者ら安けく眠りいる柱なき大き伽藍の中で

   かけがえなきものとなりえし ひと夏を聖なる道連れとして選ばれ

   誰の目にもまあるく見える真実にあまり似ているものは省かれ

   人工の街はさやけし雨上がりピアノ線首の高さに張られ

   打者ひとり殺さむとして見上げいる捕邪飛墜ちくるまでの青空

   姿なきものとして彼らま緑の夏をこぞりて鳴くしゃんしゃんと

   今ならば万死にふさう幾千の無駄なりし死を悼まぬ者は

   人手不足ニツキ急ギ求ム、身寄リナキ子ラ。但シ拒食症児ハ除ク。

   巨漢ゆえ持つ泣き所なぎなたの刃もて細かき芽と葉と刻む

   愛すべき頬を穿てり運なくして瞳には注さらざりし目薬
                      はくさ
   海彼にて煙る大陸清らなる海の白砂の秋風に舞い

   行方知れずのヒーローまたは鼠ひとり死して全き偶像となる

   いずれ終わる戦いなるを まだ見る者あるうちに旗は露わに振られ

   何にても神ならばよく、信ずればあらかじめ明日の罪は赦され
  ひとがた
   人形は累々とありやわらかき部位ことさらに十字に裂かれ
                       まみ
   美しき手は汚すため後ろにて血に塗れたるメスを引き受く

   いまだ定かに見たることなき瞳孔とう穴があなたの中にひらいて

   目も鼻も口もなき顔を甲斐もなくいつまでも剃刀の刃が這い回る
  こぶし
   拳固め生まれ来し子ら永らえば甲斐なきものをしまいに掴む

   天気予報はずれて曇のち晴の真昼ひそかに流星雨過ぐ

   一炊の夢をも覚ます恵みなる雨のさきぶれとして鳴神
           は
   驟雨たちまち霽れし街路にきらきらと収まりつきがたき土埃

   過ぐればはやわがものならぬ過去なれど思い出さむとして思い出す

   すべからく生き残りたり進んでは誰も愛さなかった僕らは

   騙すほどに物知らざれば紛うなきまことつらつら語ってしまう
                       
   ただの証言者に過ぎざれば訥々と陳べおり私ひとりの戦史


   「居酒屋しろねこ亭」「爆心紀行」 「犬帰る」「生誕前夜」「未来史稿」「ひかりの季節」「どん」「青髭公異聞」
   「第五間氷期まで」「不自然淘汰説」 「見えぬ声、聞こえぬ言葉」「木々起立」「花の綺想曲」「ある帰郷」「はつゆめ枕」
   「僕らの時代」
   目次 歌集『風見町通信』より 『アンドロイドK』の時代歌集以後発表の新作一首鑑賞 / 新作の部屋(休止中) うみねこ壁新聞
   
作者紹介