「僕らの時代」
『Es脈』第5号(2003年5月)掲載
悪しきものたりし文明とことわに隔つべく野に蛇行する川
ついに世界を滅ぼすものは火であれば地よりはるかに女神は掲ぐ
勝利約されいたりしままにポスターのひと永遠の笑みして貼らる
そら
穹の手がひそかに支う先ほそきビル垂直を保てる限り
展望階ガラスの檻の人なきに無為なる午後の光を容るる
遠雷のふと過ぎたれば地上なるドアひそやかに開きまた閉づ
しろあと
城趾に風の通えるおりおりは自然発火す名残りの燠が
くだ
済みたるは降るしかなく飴色のラジオゾンデを吊る落下傘
人工の灯しなき地に吹きすさぶ砂あらし夜と夜明けと分かつ
白旗に擬されたるシャツ人間の胴の形をして垂れ下がる
人手にては倒されざりし像ありて朽ちゆく巡りくる雨季ごとに
けん
奏者なきときのま鍵の五つ六つそこに指あるごとくに沈む
たかが風なれども重くぶち当たり穴だらけのゴールネットを揺らす
開かれしままのページに横たわりいつまでも死んでいるごんぎつね
弱虫の幽霊たちが目を凝らす現し世のかかる終焉ののち
羽衣の松枯るるまで幾星霜閲したり大き化石の竜は
進化の時計壊れしのちの刻々をひとり秒針ばかりが進む
電卓に点る一個の四角いゼロ 空に太陽がある限り
と う き び
刈らるるを待つ玉蜀黍は蓬髪を秋の野分にかき乱されて
大空より散りし雪花は常磐木の枝に止まりぬ今生の果て
降り積みて軒に及べる雪白のかなた浄土を見る鬼瓦
穢れなき春の湧き水滾々と雪の下にてせせらぎ始む
はたて
虫けらの死して音なき野の涯いまし芽生えむとして種子あり
はつ
月の夜、地上より僅かあたたかき海へと歩み寄るしおまねき
惜しまるることなき花の散り際のとき年ごとにうしろへずれる
天よりは光届かぬはつなつの樹下燦爛と青時雨降る
廃村に水澄みたれば受精卵産みつけに来るおはぐろとんぼ
にわたずみ
潦 なせる雨水の沁みゆけり街かつてそこにありし地表に
まっしん
はてしなく時はめぐれる惑星の真芯に太き地軸は刺さり
妙なるもの暗渠のみずを上り来るはるかカンブリア紀の海より
・「居酒屋しろねこ亭」
/ 「爆心紀行」 / 「生誕前夜」 / 「未来史稿」 / 「ひかりの季節」 / 「やさしい神」 / 「どん」 /
「青髭公異聞」 / 「第五間氷期まで」 / 「不自然淘汰説」 / 「見えぬ声、聞こえぬ言葉」 / 「木々起立」 / 「花の綺想曲」 /
「ある帰郷」 / 「はつゆめ枕」
目次 / 歌集『風見町通信』より
/ 『アンドロイドK』の時代 / 歌集以後発表の新作 / 一首鑑賞 / 新作の部屋(休止中) /
うみねこ壁新聞
/ 作者紹介