「木々起立」
『Es黒月』第4号(2002年11月)掲載
花毟る天使の指はそのむかし空の臍帯切りたる鋏
未生なる魚にも似たるはかなさの風の絵の前にて巡り会う
羽化しつつあらむ裸身のまぶしきにひそとし見入る森の木霊ら
絶え間なく極微粒子の透過するむらきもの弱き心のめぐり
行き止まりの部屋は永遠 引き返すための入り口閉ざされてより
生還者ら語り集えるそれぞれに見届けてきし未来の終わり
じょくせ
突風の過ぎにしのちをいちめんの桜吹雪に濁世が映る
自らは作ることなき形のため見目うつくしく引く設計図
こだわりの庭師来りてゆくりなく太きカンナを引き抜き始む
まだ死なぬ人々のため精魂込め釘打つ汗まみれの棺桶屋
老工は手づから砕くおもほえずおのが命を宿せる器
みくじ
天下国家の運知らずして木筒よりべろりと垂れ下がる神籤棒
運命は顔に出てしまう 八卦見に救われがたき顔をさし出す
さして運持たざりしかば多少なる駆け引きののち幸は?みたり
づ
おしなべて固し先行く者たちの頭にありてうしろ指せる庇は
の さか かむなぎ
もはや聞く者とてなき言葉宣らすほどに熾る烈火のごとき覡
うつし身は無傷のままに殻固く閉ざしておおき、漁夫の利のため
幡じ詰めれば苦し思惟なく自爆せるアナーキストたちの爪の垢
しかるべき勝者にとりて由々しきはアルジャジーラという非の砦
悔いなきよう噛みしめなさい串刺しのハツたっぷりと塩をまぶして
つい ら ば
終の朝天の恵みは下されむ胤持つあたわざりし騾馬らに
念仏も知らざる父と愚鈍なる母の子 けっていとう役立たず (注)“けってい”は「馬夬」「馬是」と書きます。
宣誓に声ふりしぼる炎天下罪知らざるは晴朗にして
うるわしき全力主義に万骨は枯れて炎暑に万国旗垂る
送り迎えの道行くわかき母たちが自分をだます嘘教えつつ
成長の節目節目は少女らの手首に刻みおく 背くらべ
と
教祖無名なればこそ釈く洗脳はいつの世も人救えるちから
くるぶし
電車にわかに減速したるつかのまをあまた踝に関節ゆるむ
いっせいに木ら立ち上がる瞬刻を朝と呼ぶ 空と大地の狭間
夏の日に風花のごとき光降り街中ののろけ野郎に刺さる
よわい
穏やかな死を死にながらわれもわれも今日よりは齢足さざるやから
ち
瓦礫より昇りゆく見ゆ英霊によく似たる小さきたましいの群れ
さま かばね
すめろぎの御世にふたたび帰れざるごとき態にて死したる屍
喉首に脈診ておればおもむろにひとつ膨らむ前にて跡絶ゆ
あまた人いたればなべて仰向けの鼻の高さをみる検死官
ま ず
終宴ののちに残れる酒の香とただのジョークという不味い嘘
膜翅目絶滅ののち大空の青に焦がれて死ぬアリジゴク
一寸の虫育ちゆく死ののちを開きて閉づるなき口腔に
生者らのためにやあらぬかぎろいにくねりて天に続くレールは
しじま
暮れてなお繁くなりゆく雨脚のはざまを昇りゆく静寂あり
余震しずかに兆す夕暮れ校庭を一輪車ひとつ渡りゆきたり
スカイライン滲む刻々不確かなるもの皆溶かしゆける夕照り
窓ごとに白き皿なすアンテナに集めおりわれら霏々たる雨を
せな
水際に立ちたる背を押し遣りし指今さらに髪膚にも触る
ちとせ
千年経ればすなわち芽ぐむふた粒のあの日大地に落ちし眼球
旅立ちの朝の孤児院、少年はまだ見ぬ姉の眠りを眠る
たった一度の会いにて全て始まれば会わぬ道行く雌伏の鳥は
迷い猫夢に探してさまようはいまだ行きたるなき古都プラハ
借りものの眼鏡の玉の冷たきに瞬けばふと睫毛届きたり
その耳の持ち主のため世界にはまつろわぬ柔き和音を贈る
・「居酒屋しろねこ亭」
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目次 / 歌集『風見町通信』より
/ 『アンドロイドK』の時代 / 歌集以後発表の新作 / 一首鑑賞 / 新作の部屋(休止中) /
うみねこ壁新聞
/ 作者紹介