「生誕前夜」
『Es群蝶』創刊号(2001年5月)掲載
胸ひらきわが熱情を待ちくるるやさしきものなどはついに拒め
反戦歌手のなれの果てなる誇り持てば見えてありたるものは歌わぬ
邪気あらぬ子らばかりばかにかしこまり平和平和と書く書道塾
強ガリハモウオヤメ 汝弱き者なればとてまた手かざしくるる
たてがみ
時は尾をまた鬣を翻しビルの谷間を駆けてゆきたり
聞く耳持つ者あらざればせせらぎに心おきなく芥もさわぐ
あした
眠られぬ子らにも明日はきっと来る夜ふけ必ず何かは終わり
しゅうせん
人なべて寝静まりたる街の上をひそかに大き鞦韆戻る
自らの意志にて在るにあらぬ日々 神ヨ私ヲ忘レタマエ
目瞑りてのち無明なる闇よりも深き耳鳴りの中に生き来し
さだめ
長々と生き来しものの運命にて弛き葬礼のうちに死にゆく
乗り越えることあらざりし僕らのまえ壁は幻として残れる
ひそやかに泉湧き初む死者たちのまだやわらかき傷の中より
うすら氷のごとくに瞼閉じられて瞳の底に沈む遠景
はたて いのち あ
内なる海その涯なる大陸に今し生命の生れ初むるころ
眠りより覚めたる午後のどしゃぶりの雨に名もなき霊も濡れおり
から
生きたるまま乾びゆくあり注ぎ降る陽に軍服の縞目はよじれ
すでにあまねく地を蔽いたる沈黙の或る朝呱々の声に破らる
まだ形なきゆえ人と呼びがたきものら往き来すその辻あたり
かみなづき
まためぐりくる神無月つごもりの神なき夜に僕は生まれた
・「居酒屋しろねこ亭」
/ 「爆心紀行」 / 「犬帰る」 / 「未来史稿」 / 「ひかりの季節」 / 「やさしい神」 / 「どん」 / 「青髭公異聞」 /
「第五間氷期まで」 / 「不自然淘汰説」 / 「見えぬ声、聞こえぬ言葉」 / 「木々起立」 / 「花の綺想曲」 / 「ある帰郷」 / 「はつゆめ枕」 /
「僕らの時代」
目次 / 歌集『風見町通信』より
/ 『アンドロイドK』の時代 / 歌集以後発表の新作 / 一首鑑賞 / 新作の部屋(休止中) / うみねこ壁新聞
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作者紹介