「ある帰郷」
『遊子』第10号(2003年2月)掲載
こむら
敗走を拒みて清きせせらぎに旅人の白き腓は返る
人死にのありし苫屋にあかあかと灯りて腐れ林檎が薫る
いつまでも終わらない夏 空蝉の爪は此岸の枝に絡んで
円らなる瞳持てれば痛ましき飢餓の子として撮られてしまう
きざはし
夢にあまり似ていたるゆえ先細りゆける階昇りつめたる
ままはは
生い立ちを知らされてより継母の髪染めの黒いよよ濃かりき
は
手ずからに剃りたるのちをやすやすともとよりも美しき眉を描きつ
はたたがみ おいちち
霹靂神はつか聞こゆる遠さより老父の危篤電報届く
食人族殲滅の功かつてありし将永眠す享年不詳
にえ
王なるは民をぞ救う偽善なる志士らすべからく贄と定めて
徒手空拳の男ばかりがいみじくも南北の空指して切る塵
地下都市より通じる出口ことごとくいずれ重たき石にて塞ぐ
ゆんで
歴然たり熱き鉄打つ刀工の左手の指に籠もる力は
歴史とう無明長夜の果ての朝にくるりとパントマイマー回る
虎の皮形見に残し祖国行きの船に乗る元猛獣使い
・「居酒屋しろねこ亭」
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「僕らの時代」
目次 / 歌集『風見町通信』より
/ 『アンドロイドK』の時代 / 歌集以後発表の新作 / 一首鑑賞 / 新作の部屋(休止中) /
うみねこ壁新聞
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