<bgsound src="sonar.wav">


「ZONE」
        『きちょう』30号(1996年1月<茴香号>)掲載



   日蝕の刻零れきしいくひらの雪かと紛うまぼろしの光
                             
   終わりなき円より出でてしろがねの螺旋鋭く翔つみずすまし

   明けてなお霧らう朝けの棧橋に艫より寄りてくるうつろ舟
                 あらかべ
   狙いたることまだなくて粗壁に光拒みていたる猟銃

   黒檀の厨子焼け残り宇宙という虚しい夢を紡ぎ続ける

   街灯はただしずもりて漆黒の塀に映りて降る雨のかげ

   電波塔の穂先はるかに渦巻ける風ともどもに声はとどまる

   青あらし葉群にわかにさざめかせ木の間がくれに来る風の精

   昼下がり首都を発ちゆく中ほどにひとつ客なき車両を挾み

   ガスこんろにガス尽きたれば闇に消ゆ冷えびえとそは焔のままに
                   みぬち
   観る者のなき真夜なれば身内深く小さき光を灯せる塑像

   日に召さるがに舗道より音さえもなくて離れてゆく雨の痕
                                  つち
   アスファルトまだ冷えきらぬ宵の入り暮れ方の日を地は離さぬ

   神ならぬ手にいつよりか造られてビル側壁に久し滝つ瀬

   そこにては光は軽く水盤の高き縁よりあふれつづける

   障子越しに午後の光のしみ入りてはつか遺影の傾ぐときのま
                  つく
   灯り消せば窓辺に霧らう月よみの網戸をぬけてきし朧ろかげ

   午前零時の燈明は揺れいずくにかあらむ未知なる火と喚び交す

   拒まれし光たゆたう廃軌道ふたたび地下に入りゆくところ

   昼ながら内なお暗き酒場にて鳴りてひそかに止むバラライカ

   残り火にじじとぞ縮む油滴あり深夜客あらざる卓ごとに

   鬣に森の名残りの香を立たせ氷雨に対うノッカーの獅子

   内のみに光秘めいてひしひしと霙に凍りつくアーケード
             あ
   何もない空より生れてひとひらの葉は落ちてくる冬の木末に

   斎場建設反対の貼紙日々に殖えある朝雪は降り始めたり


   「うみねこ癲狂院」 「とむらい抄」 「さよなら天使」 「癒されぢごく」 「始めの海へ」
   / 「血のマーメイド」 「ビョーキ天国」 「あすなろ短歌教室」 「TOKIOの噂」
   / 「アンドロイドK」
   目次 歌集『風見町通信』より 『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ短歌作品(2003〜07年) / 短歌作品(2008年以降)
    
一首鑑賞 / 新作の部屋(休止中) うみねこ壁新聞 作者紹介