「始めの海へ」
『路上』75号(1996年9月)掲載
くだ
人なき地に雨降りおり見下ろせば粒ごとに空の揺らぎを映し
くろご
戦果てし舞台往き来す確かにはいるともいえぬ黒衣ばかりが
今ダ、コノ無人の路上デナラ そんな声が聞こえる囁くような
人工の光に淡き影映り撓う夕暮れ死者を打つ鞭
そっと瞼閉ざしてやりぬ人形師硝子細工の眼を磨き終え
滅びの日の媾合のこと週末のラボにきちがい博士沈思す
そうひどくは間違っていない思想ゆえ捨ておく 今は無傷のままに
よぎ
い
すべらかに過ぎりて去にきおそらくは人ひとり乗りていし車椅子
ざわめきは遠く聞きつつ街を出る内耳にふかき海を湛えて
おもて
いつか始めの海の面に映されてどのように罪捨てるのヒトは
言葉断つ誓い立てたる朝に来てエヘラうるさいわらいかわせみ
声遠くするときすでにどこかにいる迦陵頻伽という青い鳥
身も心も醜き者ら窓に来て僕たちも人間になりたいと言う
し
耳聾いてただ行くだけの旅だから迷いはしない言葉の森に
さしのべるための右手を較べ合うたぶん僕たちはさしのべるから
最後なるひと葉落ちたる丘の辺にさはれ刺さりていたる桜木
あお
そらの碧沈めてふかき水鏡臨まんとして斜視を恥じらう
サアソノ手デ愛スル者ヲ殺シナサイ歴史ガ街ヲ滅ボス前ニ
われに来て終わりなき死後どのようにしても心が冷たくならぬ
海に降る雪は瑕もつ船窓の外側にのみ降りていたりき
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目次 / 歌集『風見町通信』より
/『見えぬ声、聞こえぬ言葉』のころ / 短歌作品(2003〜07年)
/ 短歌作品(2008年以降) /
一首鑑賞 / 新作の部屋(休止中)
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