三月のとある土曜日の昼下がり。町のはずれにある学校に通う高校二年生の多恵子は、午後二時十七分に校門前を出発するバスに乗り込んだ。
やわらかな光が窓外から差し込んでいる。多恵子は空いている席に落ち着き、そそくさとヘッドホンを取り出して両耳に押し入れる。本体から飛び出したつまみをひねってチャンネルを合わせた。
朗らかな、しかし単調な男の声がヘッドホンから流れてくる。
「――どうしても、あいつらはクズとしかおもえない。おれのこえをサンプリングするあいだは、いつもニタニタわらってやがるんだ。それがおわると、きまっておれのかたをたたきながら、『きょうもいいものもらったよ、あとはバッチリまかしといて』なんていう。そしてどうなるか? おれのこえはきりきざまれて、オリジナリティなんてみじんもない、ただのおとになっちまう。それがゆるせるとおもう? そんなわけない。だけど……そうしてもらわないとおれはやっていけない。……きょうはこれくらいにしとこう」
ごく小さく、ブザーの音が鳴り、女性の声でアナウンスが入る。
「チャンネル十五。このばんぐみは、JECAA、にほん――」
多恵子はすかさずつまみを回転させ、別のチャンネルに合わせた。また同じ男の声が、多少語り口は違うものの、何かまくしたてているのが聞こえた。
「LDぜんぶで十三まいだぜ、まったくまいる。いや、もちろんぜんぶかうけどさ。ははは――」
再びつまみを回す。今度は女性の声が流れてきた。
「――ひみつにしてね。うちのガッコのぶしつとうって、つかわれてないきゅうとうしつがあるの。あたしがさいしょにみつけたときなんて、ゆかにほこりがつもってて、まるでじゅうたんみたいだったんだけど……。でね、そこ、あんしつにしようかとおもって。すこしずつきざいをはこんで、あんまくなんかもよういしてね。けっこういいへやができそうなのよ」
多恵子は頭の中で想像した。木立に囲まれた学園。その隅にある薄汚い部室棟のさらに片隅で、丹念にカメラのレンズを磨いている女子大生。彼女は多恵子の視線に気づくと、手を止めて多恵子の方へ向き直り、自慢気な、そして恥ずかしそうな微笑みをふっ、とこぼす。
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