「いえ、簡単な事です。このヘッドホンを着けてさっき私がやってたみたいにしゃべってくれればいいんですよ。この三次元音場生成器はマイクの代わりにもなってて……、まあそんなこみ入った話はやめときましょう」
 ギィは多恵子にヘッドホンを手渡した。
「さあ、着けて」
 多恵子は自分のヘッドホンをはずし、それを装着した。形は多恵子のものに似ている。が、着けた途端、低いノイズのような音が聞こえた。
 それは波の音のようでもあったが、どこか違っていた。耳を澄ましてみると、やがて一つ一つの音が聞き分けられるようになった。それは、多恵子がいつも自分の受信機で聞いている合成音声だった。様々な語り口――陽気だったり悲しげだったり――で話す声が何十、何百と集まって、波のようなざわめきを作っているのだった。
「さあ、何かしゃべってみて」
 ギィに促されて多恵子は口を開いた。
「……皆さん、こんにちは。いつも楽しいお話をありがとう。……特にぃ、この前の……チャンネル60だったかなぁ、キスの話がとっても面白かったです。私ももっとたくさん投稿して、放送してもらえるようになりたいなぁ。その時はよろしくお願いしますね」
 なぜか嬉しくなって、フフ、と笑ってしまった。
 ギィは、おかしな事を言う女の子もいたもんだ、と訝った。多恵子は、形は少々異なるものの、ついにあこがれの番組にデビューできたことを、晴れがましく思った。
「よぉし、それじゃ」
 ギィは肩から下げた黒い機械を取り上げた。
「今放送したあなたの声は特別なルートを通って、喋るのと同時に電子データに変換されてるんですよ。それをこれから、番組のどこかのチャンネルに乗せてみますね」
 ギィは多恵子からヘッドホンを返してもらい、黒い機械の真っ黒なつまみを微妙に回した。多恵子は自分の声がチャンネルに乗ると聞いて、わくわくしながらギィの作業を見守った。

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