「かれしとはきょねんいっしょのクラスだったから、それほどしらないわけじゃなかったんだけど、でもあんまりはなしたこともなくて。でもじゅんびしているあいだにかれしがちかよってきて、おどおどしながら、よろしく、とかいうから、わたしは……」
 ヘッドホンの声がそこで途絶えた。多恵子は我に返って、受信機のボリュームを調べたが、異常はない。バッテリーも十分にある。
 しかし声は全く出てこなくなっていた。原因の見当はかいもくわからず、スイッチをあれこれいじっている間に、突然耳を刺すような鋭い音が聞こえた。
「きゃっ!」
 多恵子は思わずヘッドホンの上から耳を押さえてしまった。音はすぐにやんだが、耳の痛みと余韻が長らく残った。聞いたこともない音だった。多恵子は何が起こったのかわからなかった。
 やがて、しびれた耳の奥から、不思議な声がどこからともなくしみ出してきた。
「……きこえますか、あなたに語りかけているこの声、きこえますか?」
 その声は、多恵子の頭の真ん中で鳴り響いた。ヘッドホンを震わせるけの合成音声とは全く違う。頭に直接語りかけてくる感じだ。
「私は今、ある所からあなたに向けて声を発しています。私はあなたがこのメッセージを正しく受け取ってくれることを望みます」
 男とも女ともつかない、今までに聞いたことのない声だ。作り物の電子音ではない、生の声が、多恵子の脳のまさしく中心を揺さぶる。多恵子は電気に打たれたように体をこわばらせ、体に侵入してくるその声に注意を傾けた。
「この番組は、JECAA、日本電子検閲自動化協会の承認を……受けずにやってますので、不手際があっても許してやってください」
 そしてその声は笑った。
「すいませんね、私、技術屋なもんで、他の人みたいに面白い話ができなくて……。どうですか? この声は通常の番組三十チャンネル分をブチ抜いて送信しているので、きっとあなたにも聞こえてると思うんですが。なにぶん初めての経験で、未知数な点も多いんですよ」

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