多恵子は、駅前の広場に向かって連なるショウウィンドウを眺めながら、制服の小さなポケットに手を突っ込んで、受信機のチャンネルを次々と変えていった。
「ほうちょうはね、コンロかなにかのひであぶってからつかうと、きれいにきれますよ。せっかくきれいなケーキをつくったんだから、もりつけもちゃんとしないとね――」
「あさ、はしってるのは、おばけなんだってさ。……ってことはぁ、ジョギングやらいぬのさんぽとかってのはヤバいわけだ――」
「――なにげなくスパッタリングのじっけんとかしてるじゃん。すると、できあがったまくのあつみが、ぴったり108オングストロームだったり、かいきちょくせんのかたむきが1.08だったり、きろくようしがちょうど108まいめできれたりするわけですよ。これで、へやにかえってフロにはいって、はかったたいじゅうが108キロだったりしたら、めもあてられませんな」
「ゲジゲジってしってる? あれがたくさんいたのよ。あたしのゆめのなかに――」
 多恵子は、ふぅ、と溜め息をついた。何だか喉が渇いてきた。いつもそうなのだ。この番組を長い間聞いていると、少しぼうっとしてきて、むしょうに飲み物が欲しくなるのである。しっかりとした理由はわからないが、受信機が安物なのも原因の一つだろう、と多恵子は考えていた。
 多恵子は、駅前広場の手前にあるクレープ屋の屋台へ立ち寄り、和三盆ブルーベリーと、バニラシェイクの超Sを買い求めた。
 広場へ出ると、そこは駅へ出入りする人々やロータリーにたむろする人々などでごった返していた。多恵子は広場の端に立つ街灯によりかかり、クレープをぱくついた。受信機のスイッチは切らずにおいて、明るく単調な声にしゃべらせておく。
 目の前を通り過ぎる人々の心のつぶやきに耳を傾けているような気分だ。人々の笑ったり怒ったり泣いたりする様が、途切れることなくとうとうと多恵子のもとへ流れ着いてくる。
 多恵子は、止めどなく現れては消えゆく群衆のせわしない歩みに合わせて、受信機のつまみをますます速く回す。

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