「オーケー、チャンネル48があと5秒ではけるから、そこに行くよ」
 ギィは多恵子に向かって、促すように手を差し伸べた。多恵子は慌てて自分のヘッドホンを着け、受信機のチャンネルを合わせた。途端にアナウンスの声が聞こえてくる。
「――けんえつじどうかきょうかいのしょうにんをえて――」
 そこにギィの、つやのある声が重なる。
「3、2……」
 ギィの指先が滑らかに円を描く。それがぴたりと止まった瞬間、多恵子の耳に流れ込んできたのは、いつものように無表情な声だった。
「みなさん、こんにちは。いつもおかしいはなしをありがとう。……とくにぃ、このまえの……チャンネル……だったかなぁ、リスのはなしがとってもおもしろかったです」
 ――何、これ、私じゃない! 多恵子は思わずそう叫びそうになってしまった。異様なまでに抑揚のない、金属的な声。それは乾いて味気なく、ほとんど音といってもいいような代物だった。確かに女性の声音には近かったが、それは決して自分のものではなく、言ってみるなら学校に暗室を作った女性か、ポスターのモデルになった女性の声だった。
 多恵子はこの不思議な現象をどう理解したら良いのかわからず、不安な目でギィを見上げた。
 ギィは多恵子の浮かない表情に気づいたが、多恵子が何をそれほど気に入らないのか、理解することができなかった。ただ彼女の暗い顔は見たくなかったので、つとめて明るい調子で彼女に話しかけた。
「素敵でしょ。……もっと話してみる? 皆の声と一緒に放送されれば一体感がもっと高くなると思うよ。それに、学校でも自慢できるじゃない」
 多恵子は学校という言葉に反応した。彼女は想像した。多恵子の声が放送されたことを聞きつけ、歯がみして悔しがる友達と、誇らしげに彼女らをギィに紹介する自分を。
「……」
 多恵子は自分の想像をより現実に近づけるために、またそのためだけに、ギィに向かって手を差し伸べ、再びマイクを受け取った。浅い春の乾ききったそよ風が、多恵子の制服の袖を揺らした。

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