張りのある声は、豊かな抑揚でもって話し続けた。
「実は私、今外に出てるんです。とある街のロータリーみたいな所にいるんですが、……あっ!」
多恵子は驚いて体をびくつかせた。
「あのヘッドホン。ヘッドホンを付けてる女の子が遠くに立ってます。もしかしたらあの子もこの声を聞いててくれてるかも。ちょっと近づいていってみますね」
その後声はしばらく黙っていた。多恵子は次に何か起きるのをひたすら待った。
「……多分あのヘッドホンは間違いないと思うんですけど……。彼女、凍ったみたいに動かないんだよね。立ったまま眠ってるのかな? 目は開いてるし。少しカールした長い髪が印象的なかわいい子ですよ」
誰の事なんだろう。多恵子は頭の中、不思議な声の響いてくるあたりで想像してみた。きらきら光るビルに囲まれたロータリーの片隅にたたずむ二人。一人はふわふわの髪をなびかせて静かに立つ女の子。もう一人は、……超能力を持った宇宙人……?
多恵子はふと自分の髪が気になって何気なく手をやった。声がほとんど同時に反応する。
「やっと動きました。髪を気にしてるようです」
多恵子は驚いて顔を上げた。
「辺りをきょきょろしてます。やっと気づいた?」
私の事を話してる? 多恵子は信じられない気持ちでいっぱいになりながら、声の主の姿を探した。
頭の中の彼/彼女は、魅力的なトーンで笑った。多恵子はあてもなく群衆の中に視線を求めた。
「彼女、もし私を見つけようとしてるなら、横断歩道の反対側を見て」
横断歩道。多恵子は振り返って、先程自分が歩いてきた道を見た。赤信号で人だかりのしている横断歩道の対岸に目をこらす。
手をつなぐカップル、はやりの服を着てうつむく女性、子供達、おじ様方、おば様方……。いったい誰が自分に語りかけてきているのか、見当もつかない。信号が青に変わり、人々はどっと歩き出した。人の波は入り乱れ、交錯し、多恵子の前を次々と通り過ぎてゆく。それらしい人影は見つからない。
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