「――せわになったな」
「ごちゃごちゃえらそうなことをしゃべってるのがおれか――」
「でも、きゅうにつよくなったじゃない。あたし――」
「けんちょうのよこにあるたてものがね」
カチッ、カチッ。多恵子はチャンネルの変わり目を指先で感じる。
「あんなにしゃべるひとだとは――」
「ピンクのふくとかきてあるいてそうよねぇ」
「くらげっていっても――」
「ピースゥ」
「――でら――」
「らーらー――」
受信機の作る単調な声はもはや単なる電子音のかたまりのようになり、意味を解することはほとんど不可能だった。しかしそこには間違いなく人の意志から作られた言葉があり、その一音一音には、彼らの生活の一部が刻み込まれているのだ。
多恵子は時折それに気づきそうになって、いつも自分からわざと注意をそらしているのだが、やはり今回もそうなった。多恵子は急いで手を制服のポケットから抜き取った。
「ほら、イメージポスターだから、あたりさわりのないところをえらぶんでしょ? そのてん、かれしはてきやくだったわね。わたしのほうは……ねぇ、まぁしかたないってとこかしら。だってねえ、ポスターさつえいのモデルなんていわれたら、ちょっとうれしいじゃない。で、とにかく、どようびにスタジオにいったの」
多恵子は紙のカップを両手でしっかりと包み込み、残り少ないバニラシェイクの冷たさをむさぼった。
カップの表面に貼りつくわずかな水滴は多恵子の指の熱を吸い取った。が、しかし中のシェイクははやくも解けかかっており、多恵子が期待するほど彼女の気持ちを落ち着かせてはくれなかった。
多恵子は顔を上げた。人々は相変わらず彼女の前を通り過ぎてゆく。どの一瞬を取ってみても、彼女の前に同じ人間はいない。そしてどの一人として例外なく、頭の中で勝手な事を考え、ひとりごとをつぶやいているのだ。そう考えてしまうと多恵子は気が遠くなり、砂粒ほどになった自分の意志が受信機の向こう側の電子音の砂漠に放り出されてしまったような気持ちになる。いつしか自分も合成された音声をしゃべり始めているような気にさえなってしまう。
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