内のある小学校で六年生を教える特別教員の直彦は、教壇の上から漫然と生徒を指した。
「前田。三行目で村長が言っている『その事』とは何だろう? 答えなさい」
 指された生徒はそろそろと立ち上がった。自信なさそうにもじもじしながら答える。
「村の文房具屋でフロッピィディスクを売っていること……です」
「違うぞ。この場合は、村にやって来た科学者の話全体を意味しているんだ」
 生徒は恥ずかしさに顔を赤らめた。上目遣いで教室の左隅へ目をやる。用具棚の前の古びた椅子に深く腰掛ける老人が、生徒に向かって優しく微笑みながらうなずいた。生徒は頭を掻きながら席に着いた。
 老人は頭を巡らせ、教室の後ろの、ちょうど対照の位置に座っているもう一人の老人に目で合図を送った。しかし相手は気づかない様子だった。直彦はそんな二人のやり取りには目もくれず、授業を続けた。
「じゃあ次は佐々木、次のページの最後の段落まで読みなさい」
 直彦は別の子供を指名した。その生徒は音を立てて椅子を引き、ゆっくり立ち上がった。大きな声で教科書を読み始める。
「科学者が村へやって来て話をした日から、村は蜂の巣をつついたような大騒ぎになりました。村人達は不安な顔でうわさ話をしました。
『本当に世界中の情報が消えてなくなってしまうのかい? 保健証や運転免許証が使えなくなって、銀行の貯金もゼロになってしまうのかい?』
『でも本当は西暦二千三十八年だって聞いたような気がするんだがなあ』
『いやいや、二千年の元旦だって。もうすぐじゃないか。私達はどうしたらいいんだ』」 直彦は教壇の上からじっくりと生徒の様子をうかがった。授業は終わりが近く、集中力を失ってそわそわしだす子供が何人か見受けられる。通常より生徒数の増える視聴覚室での授業であるだけに、教員側の注意が要求される。見ると、直彦の隣に着席する曽根川教諭も、教室の後ろで腕組みする佐藤教諭も、自分でする仕事がない分、生徒達の動きが気になっているようだった。

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