これら総ての機械を操作する制御盤が、直彦の手元にある。教壇に埋め込まれた二枚の液晶パネル。そこには直彦好みの色と形を持った文字や図形が、教室全体の状況や生徒達に関する情報が表示されている。
 直彦は、液晶パネルを操ることによって、プロジェクターの手前にある世界も、向こう側の世界も等しく治めている。彼はあらゆる角度から教室を眺め、いかなる種類の変化を加えることができた。彼はここにあり、かしこにもあった。
 カメラとセンサが置かれさえすれば、彼はどこへでも行くことができる。そしてこれこそが彼の求める理想の教師、『遍在((ユビ))教師』なのだ。
 この言葉は、直彦の敬愛してやまない教育者にしてコンピュータ技術者であるノール・クルツ博士によって創り出されたものだ。以来三十数年、その意志を具現化できた者は一人としてなかった。だがここにきて直彦が、時代の力を借りて、まさに遍在教師たろうとしているのである。
 直彦の理想が完遂されるには、生徒達の強力が必要であった。新しい教室で旧来のコミュニケーションが成立した今こそが、次のステップを踏むべき時だった。
 直彦は教壇のスイッチを押し、茉莉と美衣を隔てるあたりの画面の見取り図を手元に表示させた。左側の液晶パネルの周囲にあるつまみを巧みに操作して、そこに矩形を造る。幅がちょうど机一つ分、高さは床から二メートルほどだ。
 すぐさま右側のパネルに、矩形領域を通過する映像や音声の状況がリストアップされる。音声の部分が異常を示しているのがすぐわかった。非常に低いレベルではあるが、音声の入出力が行われている。プライバシー保護のため内容まで把握することはできなかったが、疑いなく茉莉と美衣は私語を交わしている。直彦はおもむろに、パネルの横、『切』と書かれた銘板の下にある小さなスイッチに手をかけた。
 子供達よ、と直彦は心の中で念じた。君達は新しい世界を担う希望だ。私は君達に、未来を切り拓くための新しい知識を授けてゆくつもりだ。だから君達も私に協力してくれ。 直彦は、ノール・クルツ博士の加護を祈りながら、スイッチを押し下げた。パネルが一瞬閃いた。

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