「……いやっ!」
 教室の中程から短い悲鳴が上がった。教室にいる全員が注目する。直彦は超然として言葉を発した。
「そこの二人。静かにしなさい、私語はいけませんよ」
 美衣と茉莉の間に、巨大な黒い石板状のものが出現していた。それは二人の間を完全に遮り、直彦の目にも、手前にいる美衣のおびえた姿しか見えなかった。生徒達はいっせいにざわめきだした。曽根川教諭と佐藤教諭も、何事かと身を乗り出している。
 直彦は皆の予想外の行動に心中戸惑った。
「二人とも、きちんと授業を受ける気がないなら、いつでもそういう事になるんですよ」 二人が直彦に耳を傾ける様子はなかった。美衣は身をこわばらせて漆黒の石板を見つめている。液晶パネルに映る茉莉も、目を見開いたままじっとしている。両腕は心の安定を求めてきつく自分を抱きしめていた。
 直彦は二人の過剰な反応を目の当たりにして、不覚にもおじけづいてしまった。この後どうすべきなのか、わずかの間ながら自分を見失ってしまった。生徒達はいっこうに静まろうとしない。席を離れてその黒い石板に近づこうと身構える者さえいる。曽根川教諭がたまりかねて立ち上がり、直彦に歩み寄った。
「先生、これはいったいどういうおつもりなんです?」
 曽根川教諭自身、いかなる理由で何が起こっているのか理解できず、あやふやな質問を投げかける形になった。だがその一言が、直彦に平常の冷徹な判断力を取り戻させた。
「ああ、大丈夫ですよ、曽根川先生。単にI/Oストリームをクリッピン……いえ、映像の流れの一部を切って、生徒の私語をやめさせただけです。大丈夫、すぐ戻しますから」 直彦は落ち着き払った物腰で、素早く解除ボタンを押し下げた。液晶パネルが瞬く。直彦はある種期待にも似た気持ちで教室を仰いだ。が、黒い石板はまだそこにあった。美衣もまだ震えていた。
 直彦は我が目を疑った。そんなはずがあるか。直彦は教壇にしがみつくように覆いかぶさり、続けざまにボタンを押した。しかし石板はいっこうに消え去る様子がない。それどころかボタンを押すたびに面積が広がっているようにさえ見える。生徒達のざわめきも不安の色を帯びてきた。直彦は焦りを感じながらもつまみを操作しボタンを押した。

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