曽根川教諭は、常ならぬ直彦の態度を訝った。
「先生、あれは消えないんですか?」
直彦は、頼むから黙ってくれ、と心の中で叫んだ。あの石板の役目が終わった以上、すみやかに元に戻さねばならない。そんな事はコンピュータ教育の真髄を理解しない輩にはどうこう言われる筋合いはない。
その時、液晶パネルの左上に表示されたディジタル時計の文字が赤く閃いた。授業の終了時刻だ。間髪を入れずチャイムが鳴り響いた。
「よし、今日はここまでにしよう」
直彦はかろうじてそれだけ告げた。日直の号令で生徒達は困惑しながらも礼を済ませ、口々に消えない黒い石板の事を話し合いながら教室を去った。
直彦は一気に脱力した。こんなはずではなかった。これは直彦が遍在教師を目指してから今までで最もひどい失敗であった。
「先生、きちんと説明してくださいませんか」
佐藤教諭が、みぞおちのあたりできつく腕組みして、教室の中ほどに立っていた。あまりに画面の近くに立ったので、その輪郭はにじんでぼやけていた。
「何をなさったのか御自分でわかっていらっしゃるんですか? 来週には示学官のお偉いさんが見えるというのに、その時もしこのような事が起こったらどうなさるおつもりなんです?」
直彦は自分自身への怒りを禁じ得なかった。あんな薄っぺらなテレビ画面に表示された画像に説教されねばならない自分に。全くどうしたことだろう。あの老人は何百キロも離れた田舎の町から直彦にプレッシャーをかけている。
直彦の肩を曽根川教諭が叩いた。
「さあ、時間もないし、次の教室へ行きましょうか。あの画面は後で直せばいいんですよね? 詳しいお話は放課後三人でゆっくりしましょう」
そこで曽根川教諭は、おどけたように微笑んでみせた。
「我々にもわかるように、優しい用語で説明してくださいね」
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