しかしながら、二十代半ばの年齢でしかない直彦は、美衣の攻撃も曽根川教諭の期待も、その真意を理解することができなかった。ただ、二人があまりににこやかな笑顔を向けてくるので、自分でも気づかぬ内に直彦のかたくなな性格もいつになくやわらいでいた。「……そうだな。だが、あんな事は、……今日のような事は――」
 直彦は曽根川教諭をちらりと見やった。曽根川教諭は微笑みながらうなずいていた。
「もう二度と起きないよ。先生が約束する」
 直彦はそんな言葉を言う自分がとても信じられなかった。自分の実験のバリエーションを、自分で狭めると宣言してしまったのだ。ここで子供達と実験を行えなくなるということは、遍在教師への道がはるか遠くなることを意味する。しかしながらここに来て直彦は、なにものにも代え難い心のぬくもりを手に入れられたような気がして、笑みをこぼさずにはいられなかった。
 ところが美衣は、直彦の言葉に、意外といったような顔を見せた。怪訝そうに口を開く。
「あの、でも、二千年から後はコンピュータって全部使えなくなるんでしょ? 今日みたいに」
「……えっ?」
 直彦は、美衣の突拍子もない返事に虚を突かれ、一瞬たじろいだ。
「……いや、そんなことはないと思うよ」
 そう言ってはみたものの、実は思い当たる節がないでもなかった。二千年の元旦に機能しなくなるとされていたコンピュータの多くは修理され問題を回避したが、重要な意志決定を行う権利を持たされたコンピュータがこれだけ普及してしまった現在では、問題を抱えた機械がいまだ顕在化されずに残っている可能性がある。もしそのようなものが決定的なミスを犯せば、この世界は破滅するとさえ言われている。
 もちろんそれらを万事信じている直彦ではなかったが、今日のような失態の直後では、弱気にならざるを得なかった。この世からコンピュータがなくなる――直彦には想像もできない事態だった。

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