800年の眠 りから目覚めた奇跡の花

中 尊 寺  蓮 2004


 

中尊寺蓮は咲く
(2004.7.4.佐藤撮影)

虫たちも蓮に集ひてひと時を甘露の蜜に酔いしれおるや
 


 

忘れ得ぬ滅びの時を癒す如中尊寺蓮秘めやかに咲く
 


 

夏来れば思ひ出すかな滅びける強者どもが愛(う つく)しむ華



 

中尊寺蓮の開化
(2004.7.4 佐藤撮影)




2004年7月4日、梅雨晴れの早朝、中尊寺に向かった。泰衡の首桶から発見されて数年前に発芽した奇跡の花を見るためである。

中尊寺蓮(泰衡が蓮)と命名された蓮は、池に地植えされた蓮と蓮樽で株分けされて大切に育てられている。数年前には、樽もほんのわずかしかな かったが、今では樽の数も数十を数えるまでになった。こうして株分けされた蓮は、全国の縁の寺などに中尊寺蓮として寄贈されていると聞く。

今年の奥州は花の開花が、例年よりも早そうだ。ニッコウキスゲで有名な栗駒山の湿原「世界谷地」では、7月3日で、もうニッコウキスゲがすっか り終わってしまっている。その時、きっと中尊寺蓮はすでに開花しているに違いない、と思った。

早起きの苦手な私だが、中尊寺蓮を拝むという朝は、まるで別人にようになる。ピタリと5時に目が覚めて、5時半には、カメラを抱えて宿を出た。 平泉の朝は、確か「けがち」(?)と呼ばれる独特の川霧が出る。これは北上川の水分が蒸発して雲となり、平泉の一帯を天女の羽衣のように漂う気象現象であ る。

西光寺を過ぎると、束稲山付近にその川霧の羽衣が漂っていた。東の空にはすでに日が昇っていたが、うろこ雲からもれる日光が川霧をいっそう幻想 的に際立たせていた。

毛越寺と観自在王院の間の小径を抜けて、毛越寺の浄土庭園の借景となっている塔山の坂に車を走らせる。そこには現在、温泉付分譲地が売り出され ているところだが、だいぶ買い手がついて家も建ち始めている。確かにそこは絶景な場所で、直ぐ下には、平泉のランドマーク「金鶏山」が見え、左手には高館 山、遠くには束稲山と観音山がどっかと腰を下ろしている。その合間を北上川が巨大な龍のように流れ下ってゆく。

こうして見ていると、平泉の景色も、この数年間で随分変わってしまった。塔山から見る限り平泉の景観の最大の変化は、やはり平泉バイパスの存在 だ。平泉バイパスは、はじめ国道4号線の平泉近辺での交通渋滞の緩和を目的に計画されたものだが、いつの間にか、一ノ関遊水地計画とも一体化し、堤防の役 割を担わされてから、話はすっかり込み入ってしまった。

それが今、平泉の世界遺産登録の最大のネックになろうとしている。何しろ、世界遺産になろうというコアゾーンの柳の御所と高館の真ん前を切り裂 くように建設されているのだ。問題にならないはずがない。国道4号線と祇園地区の辺りから右(東)に逸れた道路の幅は26m、高さは最大で20m以上にも なる。まるでコンクリートの万里の長城が出現したようなものである。2年ほど前に、反対運動を気にしてか、景観に対する配慮のための景観検討委員会が設け られたが、その結論は、道路を植栽で目立たないようにするという残念ながら「予定調和」(予想された通り)なものであった。

塔山から中尊寺に向かう。杉木立をぬって、かつて大池があったとされる蓮池を目指す。竹林の前の池に青々と蓮の葉が揺れている。微かに仄赤い蓮 の花が咲いているのが見えた。心が沸き立つほどうれしかった。800年の眠りから覚めた中尊寺蓮は今年も咲いくれたのだ。急いで池の縁に行くと、まず手を 合わせて、夢中でシャッターを押した。

花とは不思議なものだ。花には種というものがある。美しい花の時期は、言わば顕現の時期であり、咲くまでの種としての忍従の長い時期がある。し かも種というものは永久に咲く時期を逃してしまうリスクを孕んで眠っている。「種」の概念を人に当てはめれば「自分はこうなりたい」という「夢」や「思 い」のことを指すと言える。「思い丈」が強く深ければ、必ずその人(種)の「思い」は花を結ぶ。これを開化というのだ。

中尊寺蓮の場合、その種は800年間も、藤原泰衡公という無惨に滅ぼされた武者の頭(こうべ)と共に眠りながら、再び花開く時を静かに待ってい た。その不思議な事実を聞いて驚かない人はいない。だからこそ、中尊寺蓮の美しさは格別なのだ。この蓮には奥州の人々の忍従の歴史と平和に対する強い思い が込められている。もしかしたら、泰衡の首級に大輪の蓮を手向けた人は、「この蓮の種がいつの日かきっと花を結ぶ」と信じていたのかもしれない。中尊寺蓮 を見ながら、ふとそんなことを思った・・・。

 亡骸に花を手向けて涙した人の心や泰衡が蓮

中尊 寺蓮の写真とエッセイ

中尊寺は泰衡が蓮
中尊寺蓮ー花は滅するから 美しい
中尊寺蓮の発芽の意味を考える
泰衡無惨
中尊寺蓮 2003
 


2004.7.16 Hsato

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