中尊寺蓮の発芽の意味を考える


1 法句経を読む

中尊寺に八百年以上眠り続けていた蓮の種が、突然発芽したことの深い意味を観想しようと古い仏典である「法句経」(ほっくぎょう:ダンマ・パダ)というものを開いて、「第四品 華」の章を見た。

そこには16篇(44節−59節)に及ぶ詩が並んでいる。ダンマとは、梵語(サンスクリット)で、真実あるいは真理の意味で、日本語の達磨(ダルマ)にあたる。ブッタが、弟子達に説いた言葉を短い詩の形に整えたもので、シンプルだが、読む者に深い示唆を与えてくれる仏典である。まずはこの詩をテキストとして、華という物の本質に迫ってみよう。(テキストは講談社学術文庫、友松圓諦訳を使用。一部佐藤が字を変更している箇所あり)

最初の44節に次のような詩があった。
 

誰かのこの地をのりこえん
誰か亦この死の世界と
神々をもつ世界とを
のりこえん
かの巧みなる職人(ひと)の
華をつみ集むるごとく
善く説かれたるこの法句を
つみ集むるものは誰ぞ


この44説の詩から、華に喩えられているものは、真理を説いたブッタ自身の智慧(ちえ)であることが分かる。

46節の詩に次のようなものがある。
 

この身をば泡沫(うたかた)のごとしと知り
陽炎(かげろう)のごとき存在(もの)と
ふかく覚るものは
誘惑者(まよわし)の射放ちたる
華の矢を抜きすてて
死王のすがたなき
聖地にいたらん
この誘惑する者が放ったものが華の矢であるとすれば、華は、人を破滅に追いやる言葉とも解釈することができる。

ここに至り、華は一見華に見えようとも真理の言葉と同時に誘惑の言葉であることも分かる。

だから次の47節にこのような詩が置かれている。
 

わき目もふらず
華をつみ集むる
かかる人をば
死はともない去る
まこと
眠りにおちたる
村をおし漂(なが)す
暴流(おおみず)のごとく


この時の華とは、誘惑者が発した言葉を真理の言葉と勘違いして、その後わき目もふらずに、間違った道を進む者の最後を暗示していることになる

すると48節にこのような詩がある。
 

わき目もふらず華をつみ集むる
かかる人をば
もろもろの愛欲(たのしみ)に
いまだ飽きざるうちに
死はその支配(ちらら)に
伏せしむ


これもまた、誘惑者の発した偽物も華を、真理の華と勘違いした者の末路を言っている詩である。華というものを見る者は、注意しながら、それが真理の華なのか、それとも偽りの華なのか、よくよく見て、その本質を見極めなければならないこととなる。

51節の詩を読む。
 

まこといろうるわしく
あでやかに咲く花に
香なきがごとく
善く説かれたる語(ことば)も
身に行わざれば
その果実なかるべし


次に、本質を見極めたならば、その言葉の意味するところを己のものとして、行為に及ばなければ、華は単なる見かけの華であり、その華に果実が実ることはないのである。何か本質的なるものを知ったならば、人は行動を起こし、善行を積まなければならないということになる。

53節には、その善行のことが次のように詠われている。
 

うずたかき華より
かずかずの華の飾りを
作りえん
かくのごとき
ここに生まれたるもの
ここに死すべきものの
なしとげうべき
善きことは多し


54節は、その善行の行為が周囲に及ぼす影響というもの「華の香」として、このように詠う。
 

華の香は
風にさからいては行かず
栴檀(せんだん)もタガラも
マリカもまた然り
されど
善き人の香りは
風にさからいつつもゆく
善き人の徳は
すべての方に薫る


真理の言葉を聞き、それを信じて、善き行為を行う時、その影響というものは、どんな心地よき香りを発するものにも負けずに善根となって周囲に善き影響を放つということに通じていく。

56節には、次に起こることがこのように詠われている。
 

タガラや
栴檀よりきたる
その香は微かなり
されど
戒めをたもつ人の香りは
世に比類(たぐい)なく
諸神のちかくにも薫ぜん


この状況になると、善行というものは、諸々の神の周辺にも善き香りを放ち影響を及ぼすことにも通じていく。

57節には、次に。
 

戒めをまもり
おこたりなく
正しき智慧をもて
解脱(さとり)にいたれるもの
かかる人々のゆく道は
誘惑者(まよわし)も知るよしなし


つまり、華を見る目を持ち、よく抑制を保って、己が人生を正しい智慧を持って、善き行いをする者には、偽物の華を持つ誘惑者の言葉など、目に入らないということを言っている。華を見る目を養い、正しき行いをそこから善行を積む者は、不敗であることをこの詩は詠っている。

では華は、どこから芽を出すのか?経典からか、それとも・・・。

そのことが58節の詩に詠われている。
 

都大路に
棄てられし
塵芥(ちりあくた)の
堆積(つみ)の中にも
げに
香り高く
こころ楽しき
白蓮は生ぜん


最後に白蓮が登場する。白蓮の白は、もっとも清浄で純粋な色を象徴する言葉である。要するに泥の池に発する白蓮のように、大都会のゴミの山の中にも、そのゴミを肥やしとして最も純粋で美しい白い蓮は発芽するのである。

また最終節の59節では、このように詠われている。
 

かくのごとく
塵芥にも似たる
盲目(めしい)たる
凡夫のうちに
正しき御仏の弟子は
智慧をもて
光りあらわる


こうして見ていくと、漠然と並べられているように見える「法句経」という経典が、実は非常に論理的に、作られているものであることが分かる。実はこの論理的な思考というものが日本人は苦手だ。華というものにも、善悪があり、その判断の上で、単なる認識に終わらずに、善行に結びつけていく、行動あるいは行為というものの重要性が説かれているのだ。この善行そのものが、実は蓮のごとく結晶した華であることが分かる。
 

2 法華経の妙音菩薩品を読む

法華経は、現代語風に言えば「正しき教えの白蓮」と訳される長大な経典である。もちろん原始仏典とは明確に区別され、大乗仏典に入る。大乗とは大きな乗物という意味を持ち、ただ一人、己だけが、悟りの道に至るというのでなく、天下万民をそれこそ大きな仏の教えというものに乗せて、彼岸に至らしめるということを目的とした教えである。

法華経は、今から2500年前に生きていたブッダの言行録が、長い年月を経て、インド周辺に伝わる過程で経典として成立したものである。それが更に険しいチベットの山々を越えて、中国にもたらされるようになり、そこで漢語に翻訳され、日本にも伝わってきた。

日本において法華経は、鎌倉時代の僧、日蓮によって、根本的な教えとなり、最近では、あの宮沢賢治も熱烈な信奉者のひとりであった。多くの者がこの経典に魅了される裏には、おそらく「白蓮」という非常にイメージ化しやすいものを教えの根本に据えることによって、読む者の想像力を刺激する点にあると言えるかもしれない。

この経典の中で「白蓮」というものに象徴されているものは、この地上世界(娑婆世界)という不浄な極まりない世界に、白蓮という最も清浄なるものが、発芽し咲くという不思議な真理である。では何故、不浄なものが清浄なる「白蓮」というものを生み出し得るかと言えば、難しい言葉を一切排除して言えば、それは正しい思いを持ち、正しい行いを続けるという極めて単純な論理に行き着く。偏見なく法華経と正対する人は、この法華経という経典が、イメージを雄飛させる豊かな物語性に満ちていることに気づかされる。

例えばこのような具合だ。

ある日、ブッダが霊鷲山(りょうじゅざん)にて、座禅を組まれていると、眉間の白毫(びゃくごう)から光りが放たれた。その光りは東に伝わり、限りない世界を照らしたのであった。この世界の遙か彼方に、浄光荘厳という世界(極楽)があり、そこにはブッダと同じく、完全なる悟りを得た浄華宿王智仏(じょうげしゅくおうちぶつ)という仏が居た。またそこには若い求道者がおり、名を妙音(みょうおん)と言った。この妙音にブッダの白毫から放たれた光が当たり、この人に是非会ってみたいと強く思った。そこで浄華宿王智仏に「ブッダの住む地上世界(娑婆世界)に行き、是非拝謁したいのですが?」と聞いた。

すると浄華宿王智仏(じょうげしゅくおうちぶつ)はこのように言った。
「妙音よ。お前は地上世界に降りた時、その世界を馬鹿にする気持を起こしてはならぬ。地上世界は、高低があり、土と石の山が聳え、けがれに充ち満ちでいる。そこで悟りを得たというブッダという人物も、実に小さな身体をしておる。また修行をする者たちも小さな者たちだ。ところがお前の身体ときたら、私ほどではないが、地上を覆い尽くすほどの大きさだ。またお前は端正な美しい顔をして、この上ない福相をして、その周囲は光り輝いている。これだからこそ、地上世界を馬鹿にし、侮るようなことがあってはならぬのだ。若い求道者、修行者、地上世界そのものに下劣の気持を抱いてはならぬ。」

それに対して妙音はこのように答えた。
「分かりました。仰せの通りに致します」

すると、妙音は、座ったまま、目を瞑り、心を地上世界に移したのであった。

何としたことか、この瞬間に、かの霊鷲山(りょうじゅさん)で祈っていた求道者の前に、八万四千本に及ぶ蓮華の花が現れた。その花は黄金の茎と白銀の葉、ダイヤの花心を持ち、台はルビーであった。

驚いた求道者の文殊師利(もんじゅしゅり)は、ブッダのところに行き、

「何でしょう。良きことが起こる前兆でしょうか。お答えください。先生」

「うーん。それはきっと、極楽から妙音菩薩が、私に会うため、舞い下りて来られる徴(しるし)であろう。蓮華の花は、八万四千のお付きの如来の数を暗示するものだ。その人は「正しい白蓮の教え」を聴くために降りて来られるのだ」

文殊は、早く妙音菩薩に会いたくなって、ブッタに言った。
「早く、妙音菩薩にお会いしたいと思います。その人はどんな善根を積んで、このような神通力を得たのでしょう。早く聞きとうございます。」

ブッタは、すぐに、
「妙音菩薩。どうか降りて来て下さい。あなた様に早くお目通りしたいと申す者がおります」

すると妙音菩薩は、極楽を離れ、八万四千の者と共に、大音響を轟かせ、地上に青い蓮華を降らせながら、心地よき調べが流れる中を、ブッダのいる地上世界に降りて来られたのである。その端正なること喩えようもなし。目は青い蓮華の輝きを持ち、数千万の月の光りを集めた如き面差し、身は金色に光り、その御姿の高貴なること、またその福相たるや比べるべきもなし。

七宝造りの台座を降りると、おもむろにブッタ近づき、ブッタの両足の前にひれ伏し、その廻りを七回めぐって、手にしていた真珠の首飾りを供養にと差し出したのである。

こうして地上世界に降りた妙音は、ブッダを崇敬し、ブッダの白蓮の教えを聞き、さらに地上の多くの求道者に、悟りに至る道を、自分なりに説いて聞かせたのであった。

しかし地上世界は一様ではない。すぐに理解できる人もいれば、なかなか妙音の説くことを理解しない者もいる。すると妙音は、その人に応じて、ある時は長者に姿を変え、又あるときは貧しい者に姿を変え、あらゆる状況に応じて34もの姿に変化しながら、人々を導いたのであった。

法華経で言う蓮とは、人の心に咲く清浄な花のような気持のことを指していることになるであろう。また法華経それ自身が蓮という花そのものとも言える。蓮は、とつの予兆であり、清浄の象徴であり、悟りに至る過程での求道者の美しき姿であり、悟りに至るための方便であり、目的そのものとも言えるであろう。つまり蓮は、心の到達点(境地)を象徴しているのである。まさに法華経は人の心に芽生えた教えという種が、人の心から心へと惜しみなく伝わり、その教えの種が、地上世界に満ち溢れることを祈念して編纂された経典である。

地上世界(娑婆世界)は、けがれに満ちた世界ではある。しかしけがれているからこそ、修行の場とは最適なのだ。そこで悟りを得たブッダは、蓮の教えを体得し、自らが蓮そのものとなった。ブッダという人物の偉さを、極楽にいる浄華宿王智仏(じょうげしゅくおうちぶつ)は、よくよく知っている。だから同じ世界に存在していた妙音菩薩に対し、「その人物の外見によって、ブッダや地上世界のことをけっして馬鹿にしたり、侮ってはいけない」と諭したのであった。
 

3 往生要集を読む

源信(942-1017) という僧侶が985年頃に著した「往生要集」という経典がある。これは如何にしたら極楽浄土に至れるかということを懇々と説いた一種の仏教倫理観に基づく啓蒙の書とも言えるものであるが、その後の日本人の「あの世」観というか、生死観に強い影響を与えた著作である。

その往生要集にこのような下りがある。
 

観察門というものがある。仏道を修行をしようとする者は、まず仏というものの具体的な姿を観想することから始めた方がよい。その観想に三つの方法がある。第一に別観想、第二に総観想、第三に雑略観想である。これを状況に従って使い分けるのである。

別観想では、まず華座というものを心で観想するのである。華座は蓮華の花を意味し、その花をより具体的な姿で想い浮かべ、葉のひとつひとつにも百の色があると観じ、葉の中に通る脈をも観じるのである。するとそこには無数の水脈があり、そこに無数の命の光りが射しているように観じるはずだ。それが終わったらまた、次々とそれを繰り返すのである。華にはひとつひとつ無数の葉が付いており、葉の間に間には、又無数の神々しい光りを放つ摩尼宝珠(まにほうじゅ)の宝が見える。その光りはあまねく地上を照らす七宝荘厳の光りであり、観る者の願いを叶えてくれる兆しでもある。

仏は、その蓮華を台座として座っておられる。観想する時には一身に観想せよ。他の雑事を思い浮かべてはならぬ。花の一輪一輪。葉の一葉一葉。葉を通る脈。葉の間に間に見える光りの玉。華台の上に坐す仏。それらをゆっくりとひとつずつ鏡に自分自身を映すように観るのである。これを正しい観想(正観)というのだ。この観方(みかた)をできるものは、生きて来て犯した諸々の罪を許されて極楽という無上の世界で生きることができるのである。(往生要集巻中「尽第六別時念仏門」より佐藤意訳)


もちろんこれは源信の考えというよりは、ブッダの説いた「ものの見方」(認識の方法)を当時の平安の日本人に説くために書いたもので、何も新しい思想ではない。源信は、地獄の悲惨を説く一方で、如何に極楽が素晴らしい世界であるかを懇々と著述することで、それ以後の日本人の地獄と極楽という世界観に決定的なイメージ付けをした。

源信は蓮という極めて清浄なる華を喩えとして使うことで、衆生の人々が、邪な道に行くことなく心を清浄に保ち、そして極楽に至れるのか、そのことを説いたのであった。我々現代人は、何か浄土宗というと、「他力」ということをすぐに連想してしまう。何でもかんでも、「念仏」を唱えれば、極楽に行けると誤解しているが、実はまず「自力」の努力があって、「他力」ということに至るのであって、これは訂正されねばならない話だ。

まず「観察門」とは真実を観る為の方法ほどの意味で、仏(ブッダ)が座る台座としての蓮を心の中で想い描けと言っている。しかもより具体的に、その蓮の細部まで詳細に心で観るようにと実に細かい指示を出している。

実はユング心理学の観想方法に、能動的想像(アクティブ・イマジネーション)というやり方がある。源信の説く、「観察門」は非常にこれに似ている。アクティブ・イマジネーションは、自分の無意識世界に自我が直接その世界に分け入っていくような方法であるが、例えば、目の前にある絵画の横町を入り、絵では描かれていない部分を心でリアリティを持って観想するのである。するとそこに自分では思いも掛けなかったようなイメージが湧き上がってくる。しかしこれはやはり精神療法の治療の一方法であり、しっかりとした精神科医の指導の許に実行しないと危険性を伴うと言われる。仏教でもやはり、師が大切であり、一二度観想したからと言って、ただちに真実を観る目が養われる訳ではない。

「観察門」と「能動的想像」においては、その観想の方法が、具体的あるいは現実性という点において、何か共通したものがあると強く感じてしまう。もちろん観想門は、仏教の修行者が正しい教えに至るためのものであり、能動的想像は、精神を健康な状況に戻そうとする為の治療の一環であり、簡単に言うのは不謹慎かもしれないが、自分に内在している無意識の力を借りるという点では同じなのである。

どちらも、最後に無意識というものが、心の中で結ぶ像(イメージ)が、決定的な役割を果たすことになる。つまりこの観想門で説かれていることが最後に結ぶのは、蓮の台座に座るブッダその人の観想する姿であり、その姿は、またそれを観想する人間の目指す究極の自分なのである。

日本の浄土宗の言葉に「一蓮托生」という言葉があるが、これはまさに極楽の世界で、同じ蓮の上に生まれようという祈りの言葉なのである。何故「一蓮托生」なる言葉を、日本人僧侶が作ったのか、これには長い年月をかけて、日本人の集合的な無意識にまで刷り込まれた意識なのかもしれない。

このようにして日本人がイメージする蓮のことを究極まで考えて来ると、中尊寺蓮が、810年振りに開花して、僅か五年後にして、古都奥州平泉の風物詩にまでなるという理由が何となく分かって来るような気がする。つまり日本人の深層心理には、長年日本人が、蓮というものに抱いてきたイメージの力が働いると思えるのである。佐藤

つづく

 


2002.6.18
2002.6.26
 

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