川村渇真の「知性の泉」

衆議院議員の選挙制度の設計例


重要な実現方法を前提条件にして検討する

 国内の議会の中でも、とくに衆議院は強い決定権を持ち、国家に関するもっとも重大な事柄を決めている。その議員を選ぶ選挙制度であるから、質の高い仕組みを用意しなければならない。しかし、いろいろな過程を経たにもかかわらず、良い仕組みにはなっていない。それどころか、もっと悪く変更しようとする動きさえある(もちろん、ダメな変更を推進する人々は「悪くする」などと言わないが)。こんな現状だからこそ、適切に検討して良い制度を求めることは極めて重要だ。
 現在の衆議院の選挙制度は、全国を分割した小選挙区に、比例区を組み合わせている。過去の変更の際には、この制度だけでなく、別な数種類の制度も検討されていた。これらを全部取り上げて比較しても良いが、そうした実現方法を幅広く比較すると、数が多すぎて検討作業が大変になる。そこで、もっとも重要な実現方法を中心に置きながら、重要でない実現方法を思い切って省く形で、検討を進める。
 もっとも重要な実現方法というのは、地方議会議員の選挙制度でも紹介した「議決投票権を得票数にする方法」である(というわけで「地方議会議員の選挙制度の設計」から始まる一連のページを先に読んでほしい)。この方法を採用すると、1票の格差の問題が一気に解決して、すべての地域で格差がゼロになってしまう。しかも、各選挙区における有権者の投票権の格差ではなく、衆議院議員による決議時点での議決投票権の格差をゼロにする。これほど画期的な対処方法はないので、この採用を大前提として検討を進める(対抗する他の方法を混ぜても同じ検討結果になるので、この方法による悪影響は出ない)。

民意の反映から相当遠い小選挙区制

 より良い選挙制度を検討する前に、述べておきたい重大なことがある。現在の選挙制度に採用されている小選挙区制に関してだ。
 小選挙区制を採用する前は、中選挙区制を用いていた。中選挙区制というのは、選挙区ごとに複数の候補者が当選する仕組みである。逆に小選挙区制というのは、選挙区をより細かく分け、選挙区ごとに1名しか当選させない。
 中選挙区制から小選挙区制へ切り替えた理由は「政権交代の可能性を増すため」だと聞いた。米国のような2大政党制を前提としているようで、それを目標に政党再編が少しだけ行われた。しかし実際には、2大政党制からほど遠い状態が続いている。
 政権交代のない小選挙区制が続くので、小選挙区制の欠点が大きく出ている。その一番の欠点とは、民意が正確に反映されないことだ。選挙区ごとに1名しか当選しないため、どうしても大政党が有利になる。国全体として見ると、得票数の割合をかなり上回る当選者を大政党が得て、民意からほど遠い政権が出来上がる。現状が、まさにこれだ。
 そもそも、小選挙区制による政権交代が、本当に良いのだろうか。2大政党制が実現した場合、どちらも大きな組織となる。大きな組織ほど急激な変化に対応できず、重大な変革期にさしかかったとき、どちらの政党が政権を取ったとしても、変化に対応できない可能性が高い。とくに日本では、大組織ほど密室で物事を決める傾向と、組織中枢の人材の入れ替えが起こりにくい傾向が強いため、急激な変化への対応が大組織ほど遅れやすい。重大な変革への対応の多くは、新しい勢力から始まり、最初は小さな勢力でしかない。2大政党が前提の場合、こうした努力が、大政党の片方の組織で認められるには、かなりの時間がかかる。変化への迅速な対応が求めれれる現代社会において、これは重大な欠点といえる。
 実は、民意を正しく反映する選挙制度の方が、急激な変化への対応が期待できる。変化の必要性は、最初のうち小数の人が気付き、それに比例した数の議員が生まれる。必要性を感じる有権者が増えることで、そうした議員の勢力も比例して増え、国会の中で大きな勢力になっていく。こちらのほうが、重大な変革期に対応しやすい。
 新しい勢力が、もし期待した成果を出せないと、次の選挙で議員数が減るので消えてしまう。そんな試練を乗り切る必要があるので、良い成果を残した勢力だけが、実権を得る可能性は高い。また、政権を持つ既存の政党から見ると、新しい勢力に負けたくないため、国民の支持が得られるように行動するという、プレッシャーにもなる。以上のように、単に政権交代だけ起こればよいというわけではないのだ。
 小選挙区制を採用したもう1つの理由として、「疑惑議員が当選しない」点も挙げられていた。しかし、小選挙区制では、落選を完全に実現できない。疑惑議員へ投票する有権者が選挙区の中で多ければ、当選を阻止するのは難しいからだ。実際、日本ではそうした投票結果が過去に起こっている。そもそも、選挙制度で民意の反映を重視するなら、たとえ疑惑議員であったとしても、規定の得票数を得たしたなら、それも民意なので当選して構わない。小選挙区制のように、民意の反映を著しく低下させてまで、疑惑議員の落選を狙ってはならない。民意の反映を壊してまで阻止するべきではなく、選挙制度とは別な方法で議員になるのを防ぐべきだ。たとえば、裁判で有罪になったら決められた期間は議員になれないといった制度を用意して。
 ここまでの検討で、小選挙区制が民意を反映を大きく邪魔しているだけでなく、採用時の目的も達成できないことが明らかになった。

複数の工程に分けて検討を進める

 衆議院議員の選挙制度の場合も、検討の質を高めるために、複数の工程に分けて作業を進める。具体的な工程は以下のようになり、各工程で検討内容の一覧表を作る。こうすれば、検討内容が適切かどうか、第三者がレビューできるし、検討者自身でも確認できる。

検討手法を用いて選挙制度を設計する手順
・現状把握:現状の選挙制度を把握するために情報を整理する
・問題点:現在の選挙制度の問題点の洗い出し
・原因:洗い出した問題点の原因を明らかにする
・対処:問題点ごとの対処方法(改善案)を導き出す
・副作用:対処方法の副作用を洗い出し、改善方法を検討する
・対処評価:対処方法を個別に評価してみる
・対処組合せ:対処方法の良い組み合わせを選ぶ
・組合せ評価:組み合わせを総合的に評価する

 地方議会議員の選挙制度の検討と同様に、対処方法の副作用の検討を、対処方法の検討の外に出して、検討過程を少し分かりやすくした。

重要度は記号で表現する

 検討の各工程で作成する一覧表には、各事柄の重要度を付けて、より重要な事柄を優先できるようにする。重要度は見やすいように記号で表すが、その意味は、地方議会議員の選挙制度の検討と同じにした。一般的な重要度は、次のようになる。

重要度の記号の意味
・☆:極めて重要(絶対に解決する)
・◎:かなり重要(特別な理由がない限り解決する)
・○:まあまあ重要(できるだけ解決する)
・△:少し重要(もし余裕があったら解決する)
・×:無視して構わない

 対処方法の効果に関しては、次のような意味を持たせてある。

効果の記号の意味
・☆:極めて有効(完璧または完璧に近く解決できる)
・◎:かなり有効(かなり解決できる)
・○:まあまあ有効(そこそこの効果はある)
・△:少し有効(少しの効果は期待できる)
・×:ほとんど効果なし

 対処方法の副作用などにより、現状より低下させる面を持つ場合は、上記の重要度と区別する意味で、次のような記号を用いた。

悪影響の記号の意味
・*:悪影響なし
・▲:少しの悪影響がある
・●:かなりの悪影響がある
・★:大きな悪影響がある

 以上のような記号を用いながら、検討内容を箇条書きまたは一覧表で表現する。

(2001年6月7日)


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