川村渇真の「知性の泉」

(衆議院議員の選挙制度を検討)
現状整理、問題点と原因の洗い出し


現状の選挙制度の整理:主な特徴と不変条件

 改善案を検討する前に、現状の制度の特徴を整理してみよう。衆議院議員の選挙制度では、地方区と比例区の2つがあり、それぞれ次のような特徴を持つ。なお、議会の決議における議員の議決投票権も、選挙制度に大きく関わるので、一緒に含めてある。これ以降では、説明を簡単にするために、議員の議決投票権も選挙制度の1要素のように扱う。

選挙制度と議決投票権の主な特徴(現状)
・小選挙区
  ・選挙区を相当細かく分け、全国を当選者数だけ分割する
  ・各地区の当選者数は1名で、地区ごとの立候補者の中から選ぶ
  ・立候補者数が当選者数以下の場合は、選挙を行わない
  ・有権者は、投票用紙に1名分の名前を記述する
  ・得票数の一番多い候補者が、当選者となる
・比例区
  ・選挙区を地域別に分け、全国を数個に分割する
  ・各政党は、選挙区ごとに順番付きの候補者名簿を出す
    ・候補者名簿の人選や順位付けは各政党が決める
  ・有権者は、投票用紙に政党の名前を記述する
  ・政党ごとの得票数に比例する形で、各党の当選者数を決める
  ・政党ごとに、候補者名簿の上位から当選者数だけ当選となる
・共通
  ・当選議員の議決投票権は、選挙での得票数に関係なく同じ
   (すべての議員が、同じ1票の議決投票権を持つ)

 以上の項目は、既存の選挙制度に強く依存した内容となっている。小選挙区制と政党比例制という方法自体が、本当に良いのかも含めて検討しなければならない。というわけなので、選挙制度の改良で変えない項目は、とくにないと判断した。なお、最終的な結論が得られたとき、現状と同じ項目が残ることあり得る。

問題点の洗い出し(1):思い付くまま挙げて整理

 問題点を洗い出す工程なので、思い付くまま事柄を挙げてみた。重要度の高い順から整理した結果は、以下のとおりだ。なお、「民意が反映されない」という最大の問題は、別な形の事柄として含まれているので省略してある。

衆議院議員の選挙制度における主な問題点
・☆:1票の格差:議員の決議投票権を有権者に換算すると数倍の比率に
   ・小選挙区:選挙区ごとの有権者数の差が大きい
   ・小選挙区:当選者の得票数の差はさらに大きくなる
   ・比例区:全国での得票数比で考えると余計な差が生じる
   ・比例区:ドント方式なので、ある程度の差が生じる
・☆:死票の多さ:死票が非常に多い
   ・小選挙区:死票が非常に多い
   ・比例区:かなり小さな政党で死票が生じる
・◎:得票数と議席数の比率の差が大きい
   ・小選挙区:小規模勢力の得票ほど無効になりやすい
   ・比例区:かなり小規模な勢力だと、得票数分の議席を取れない
・◎:小選挙区:投票したい人が選挙区の候補者にいない
・◎:国家レベルの議員なのに、選挙区の利益を優先しすぎる
・○:比例区:応援したい候補者の優先度を上げられない
・○:投票率の低下:だんだんと投票率が低下し続けている

 こうして挙げられた事柄を見ていくと、一票の格差、死票の多さなど、一般的な問題点が並ぶ。しかし、注目すべきなのは、より小さな事柄の中身である。既存の選挙制度に依存した問題点が意外に多い。そのため、それぞれの問題点の原因を調べ、それを取り除く形で解決方法を考えても、質の高い検討結果が得られそうもない。

問題点の洗い出し(2):もっと根本的に検討

 仕方がないので、もっと根本的な問題点から洗い直してみることにした。余談だが、こうした問題点の洗い直しは、物事を適切に検討する際に、非常に重要である。多くの人は、表面的な出来事だけに目が行きがちで、背景にある重要な問題を見逃しやすい。少しでも疑問を感じたら、より根本的な位置から考え直すようにすべきだ。たとえ結果が前と同じになったとしても、再び評価してみたという意味で、考え直した価値はある。
 上に挙げた事柄の中で一番気になったのは、「国家レベルの議員なのに、選挙区の利益を優先しすぎる」である。地元の利益を優先することが、本当に悪いのだろうか。より大切なのは、民意を反映することである。もし民意が「地元の利益の優先」を選べば(つまり、投票で意思表示すれば)、それは正当化されて構わない。
 しかし、現状の選挙制度を見ると、地元の利益を優先して良い悪いかどうかを意思表示できない仕組みになっている。この点こそ、大きな問題である。地元の利益を優先してほしい人は、それを主張する地元の候補者に投票すればよい。同様に、地元の利益よりも別な点を優先してほしい人は、該当する内容を主張する候補者に投票できるべきである。だが現状では、小選挙区でも比例区でも、そうした候補に投票できない。小選挙区では、該当する候補者が見付からない場合がほとんどだ。比例区でも、名簿での並び順を政党が決めているため、気に入った人には投票できない。
 ここで少し、現状の社会を眺めてみよう。地元の利益よりも別な視点として、いろいろなことが挙げられる。年金などの問題では、世代別の対立が大きくなっている。若者の利益を優先してほしいとか、年輩者の利益を優先してほしいとか、世代別に応援した候補者が異なるだろう。また、農業従事者の主張を反映してほしいとか、都市部の活性化を優先してほしいとか、住む場所のタイプによっても異なる。他にも、女性の地位を高めてほしいとか、福祉の充実を押し進めてほしいなど、いろいろな主張が挙げられる。このように、地域の利益以外にも、様々な主張が混在している。今後も新しい価値観が生まれるため、主張したい視点は増え続けるだろう。
 こうした点を整理すると、小選挙区のように地域で分割する選挙制度は、地域の利益を主張する有権者の要望は満たすが、それ以外の有権者の要望は満たしていない。さらに、地域の利益を優先してほしくない有権者が、その意思表示もできない。もう片方の比例区では、政党で選ぶことはできても、候補者を指名できないため、自分の主張を意思表示できない。
 ここまでの検討で、現状の選挙制度の重大な問題点が見えてきた。自分が重視する主張と同じ候補者を選べないことだ。地域の利益を優先するという主張以外では。これらを含む形で問題点を整理すると、以下のようになる。なお、問題点の細かな項目は、現状の選挙制度に依存しているので、削除してある。

衆議院議員の選挙制度における主な問題点(再検討版)
・☆:1票の格差:議員の決議投票権を有権者に換算すると数倍の比率に
・☆:様々な価値観で投票できない
   ・地域利益以外の視点で投票するのが極めて難しい
   ・選挙区の利益を優先する投票は可能だが、それ以外は困難
   ・以下のような点を主張する候補者に投票できない
     ・例:特定の世代の主張を国政に反映させる
     ・例:商店街の主張を国政に反映させる
     ・例:農業従事者の主張を国政に反映させる
     ・例:福祉の充実を押し進める
     ・例:女性の立場を向上させる
     ・例:地方自治の度合いを高める
     ・(多すぎて、他の例は省略)
・◎:死票の多さ:死票が非常に多い
・○:投票率の低下:だんだんと投票率が低下し続けている

 以上のうち、もっとも大きな問題は、1票の格差である。選挙区ごとの有権者数の差だけでなく、議員の決議投票権まで含めた差も解消しなければならない。民意の反映という民主主義の根幹に関わるため、極めて重要という意味で「☆印」とした。
 様々な価値観で投票できない点は、国民の意見を反映するという意味で、非常に重要な問題である。新しい価値観が生まれたとき、それに対応できる選挙制度があれば、選挙制度を継続的に変更する必要はなく、その時点での価値観を選挙結果に反映できる。民意の反映を高く保つことに大きく貢献するので、これも「☆印」とした。
 死票の多さだが、これは現状はあまりにも悪すぎる。マトモな選挙制度を選ぶと、容易に解決できる問題ではあるが、現状の悪さを重く見て「◎印」とした。
 投票率の低下は、重要である国政においては、優先的に解決すべき大きいな問題といえる。その意味で「○印」とした。以上が、解決すべき主な問題点である。

問題点の洗い出し(3):選挙活動にかかるお金に関して

 選挙制度の検討では、選挙活動に多額のお金がかかることが問題点として挙がる。しかし、ここまでの検討では、その点に触れていない。その理由を簡単に説明しよう。
 選挙活動にかかるお金を考える場合、もっとも大切なのは、「どんな目的」で「どのように活動する」のにかかるかだ。不適切な目的や活動にかかるのであれば、それを重視しすべきではない。
 身の回りで目にする選挙活動を、いくつか挙げてみよう。多数の有権者に直接電話して、「○○(○○は候補者名)をよろしくお願いします」とだけ言って、ひたすら頼む行為。多くの人にハガキを送付して、候補者への投票をお願いする行為。選挙カーをいろいろな場所で走り回らせ、「○○をよろしくお願いします」などと言いながら、候補者名とお願いメッセージだけをスピーカーで連呼するだけの行為。こうした活動には、人件費を含めて相当なお金がかかると思われるが、マトモな選挙活動といえるだろうか。
 もっと悪い行為として、特定の団体を通じた選挙応援の際、団体に属する人々から選挙活動費用を強制的に集める行為がある。最近では、日本医師会の政治団体である「日本医師連盟」の事件が、朝日新聞の記事(2001年6月7日の朝刊)で指摘されている。こんなことで有権者が困らないように、嫌がる人からも取り立てる行為などを、法律で禁止しなければならない。
 検討の対象とすべきなのは、マトモな選挙活動に限るべきだ。その中心としては、各候補者の掲げる政策を、有権者に広く伝えることが一番に挙げられる。今後は、インターネットのような広域ネットワークを利用して、できるだけ費用をかけずに実現できる。多くの有権者が、候補者全員の政策を簡単に知れる状況を作り、お金をかけなくても戦える状況を整備することこそ、真っ先やるべき対策といえる。
 それでもお金がかかると主張する人には、その根拠を明細の形で出してもらえばよい。単に項目を並べるのではなく、人件費なら、どんな役割の人が、何人で何日必要という具合に。もちろん、作業目的も含めて。その内容を見て、個々の作業が選挙活動として妥当かどうか判断すると、本当に必要な金額が割り出せる。少なくとも、前述のような「ただお願いするだけの作業」は、マトモな選挙活動として認められない。
 もう1つ考慮すべきなのは、使える費用によって、候補者に差が生じる問題だ。多額の資金があれば、テレビCMで自分を宣伝する候補者も現れるだろう。そんな差を生まないように、候補者の幅広い情報を提供する環境を整えたうえで、その他の宣伝のうち、テレビCMのような大きなものを禁止する制度を用意すればよい。公平な競争も、選挙では大切だからだ。
 こうした仕組みを整えるほど、マトモな選挙活動に費用はかからなくなる。そうなると、お金がかかるかどうかを検討する必要性が減り、悪い選挙制度を採用する可能性も同時に少なくなる。今回の検討では、マトモな選挙活動にかかる費用が多いとは考えられないので、問題点として挙げなかった。しかし、不適切な選挙活動を減らすための仕組みは必要だと考えている。

問題点の原因:問題点ごとの原因を明らかに

 問題点が明らかになったので、その原因を求めてみる。洗い出した問題点ごとに、原因を挙げると次のようになる。

衆議院議員の選挙制度における問題点の原因
・☆:1票の格差
  ・☆:小選挙区:選挙区ごとの有権者数の差が大きい
  ・☆:小選挙区:得票数に関係なく、議員の決議投票権が同じ
  ・△:比例区:ドント方式のため、小さいが格差は生じる
・☆:価値観で投票不可
  ・☆:いろいろな候補者の中から選べない
・◎:死票の多さ
  ・☆:小選挙区:一人しか当選できないので、相当に増える
・○:投票率の低下
  ・○:1人単位で考えると、投票してもしなくても結果が同じ
  ・◎:1票の格差など、民意が反映されにくい状態が続いている
  (政治に興味がないなど、選挙制度に関係のない理由は省略)

 それぞれの原因を見ると、現状の選挙制度に大きく関わっている。これ自体は当然のことだが、個々の原因を解決したとしても、質の高い解決方法が得られそうもない。通常の検討では、原因を直接解消することで良い解決方法が得られるのだが、今回はそれが当てはまりにくい例となっている。問題点の洗い出しと似たような状況だ。
 こういった場合、個々の原因をあまり重視せず、問題点を解決する形で対処方法を検討する方法が有効となる。実際には、全部の原因を無視するのではなく、役立ちそうな原因だけ利用する形となる。というわけなので、次の工程へ移ろう。

(2001年6月7日)


下の飾り