E-28購入控 第5章〜再会編

by TAZYさん


僕は夜の遊園地にいた。
真っ暗な世界でも、メリーゴーランドや観覧車は光彩を放って、人々の注目を浴びていた。
僕はRが座っているベンチを探していた。
歩きながら、これまでのRと過ごして来た時間が思い出されていた。
僕はRと結婚するつもりでいた。
二人で夜空を観たことを思い出した。
僕は天空を仰いだ。
果たして、そこには星や月の姿は無かった。
「そっか、東京に来てたんだっけ、」
僕は納得して、再びRの待つベンチへと向かった。
ふいに、背後から僕の頬を触る感触があった。
僕が振り返ると、高校時代の彼女が掌を差し出して立っていた。
彼女は微笑っていた。
「おお、なんだ、ヒサシブリ、」
僕は少し驚いて言った。
「ダイジョウブ?」
彼女が言った。
「え?大丈夫だよ、・・・って、何が?」
「ううん、イイノ、ダイジョウブだったら、」
彼女はそう言って、今度は僕の額に手を伸ばした。
「オイオイ、何だよ、俺は大丈夫やっちゅねん、」
「ホントウに?」
「ああ、って言うかさあ、俺さあ、フィアンセと来てるんだ、ゴメン、」
「ふうん、」
「ふうん、じゃねえよ、じゃあ、急いでるんで、マタね、連絡するよ」
「・・・」
「久し振りなのにゴメンな、連絡するから、」
僕はRの待つベンチへと急ごうとした。
「!?」
急に視界に暗闇が広がった。
何にも見えなかった。
「何だ、停電か?」
暗闇に変化は無かった。
僕は不安になった。
Rのことが心配だった。
「R!」
僕は暗闇に叫んでみた。
雑音が耳に届き始めた。
途端に口の周辺に痺れを感じた。
声も出なくなった。
痺れは身体全体に広がり、それは痛みへと成長していった。
「いてえええええ、」
出なくなっていた声が身体の痛みをきっかけに戻っていた。
そして、僕は目を閉じていることに気が付いた。
痛みの中、ゆっくりと目を開くと、強い光が入って来た。
そして、ここは夜の遊園地ではなく、病室であることを認識した。
僕の左手には、複数の点滴が刺さっていた。

褪せた青と白の入院着に身を包んだまま、僕は15時間も熟睡していた。
身体のあちこちが痛かった。
視界の左端に、アシスタントのMが立っていた。
「・・・おぉ、Mちゃん、どうした」
「どうしたじゃ、ないですよ!」
「・・・あ、ああ、そうか、・・・悪い悪い、入院かぁ、俺、」
「もう、心配したんですよ、ミンナ!、ホントに呑気なんだから!!」
彼女はワザと怒ってみせた、ようだった。
「それに痛そうだったから、手をあてたら、なんかヘンナコト、言うし」
「・・・あ、何言った、俺?・・・つうか、Mちゃんか、夢でも感触があったよ」
「え?へえ、不思議ですね、」
「・・・不思議じゃあ、ねえだろ」
「何の夢だったんですか?」
「あ、うん、ワイフのことだったなあ、」
「うわ、こんな状態でノロケですか、」
「ばあか、違うよ、本当にそういう夢だったんだよ、」
「あ、それより、大丈夫ですか、痛くないですか、」
「大丈夫だけど、痛てえなあ、それより、会社大丈夫か、」

そう言いながら僕は事故の事を思い出していた。

一瞬の出来事だった。
僕の身体はMTBと相手の自動車を越え、地面に叩き付けられた。
痛さで怒りが増し、僕は叫びながら立ち上がった。
そして、逃げた車の方向へ向かった。
ところが、どうやら眼鏡は割れてしまったらしく、視界がハッキリしない。
「んだああああああああああ」
怒りは増すばかりだった。
突然、左膝に激痛が走り、僕はそのまま転倒してしまった。
電光ナンバーの白い国産車は、姿を消した。
真夜中の誰もいない通りで、僕は携帯電話の110を押した。

ベッドの上で半月が過ぎた頃には、起きていられる時間も増え、
通常の面会も許可が貰えていた。
そんな中、友人が尋ねて来てくれた。
一通りの事故と症状の話が終わった頃、
「それでな、」
と切り出した。
「お前さあ、これを期にクルマ考え直したら?」
「何でだよ、」
「お前のJimnyもさあ、RちゃんのMarchも、危ねえよ」
「何だよ、急に、」
「急じゃねえよ、昔から言ってんだろ、」
「ははは、轢かれたのはMTBだったからだよ、」
「お前は、いいよ、殺しても死なねえだろうから、でもな、Rちゃんとか、産まれたばっかの子供ちゃんとか、どうするよ、」
「あ、ああ」
「JimnyもMarchも、安全性考えたら、どうかと思うぜ、家族増えたんだから、もっと頑丈なヤツにしろよ、」
「何だ、Rに駐車場処分する話、聞いたのか?」
「いや、聞いてないけど、ちょうどいいじゃんか、駐車場も無くなるなら、いっそのこと、一つにまとめちゃえよ、」
「簡単に言うなよ、」
「簡単だろ、引っ掛かってるのは、愛着だけだろ、これからの家族のことを考えろよ、という訳で、中古車雑誌だ」
彼は中古外国車雑誌を数冊、僕に渡した。
「外車の中古誌かよ、やけに用意がいいな」
「どうせ新車の国産車は欲しいのが無いとか言って、見もしないだろ、」
「ははは、まあな、実はRとも話してたんだ、買い替えかなって、」
僕はパラパラと雑誌をめくっていた。
「お前、ヴァンプラ欲しいとか言ってなかったっけ?」
「ああ、候補はヴァンプラかボルボの240か、その辺なんだ」
「なんだ、その辺って、解り辛いなあ、」
彼は笑って言った。
「バブル時代から嫌いに成ってるケド、昔はBMって好きだったんだよなあ」
「え、おい、古いBM、売りたいってヤツ、知ってるぞ、俺、」
「あ、マジ?古いって、いつ頃よ、」
「・・・それこそバブル時代じゃねえか、あのカタチ、・・・俺もBMは、詳しくないからなあ」
「ああ、六本木カローラね、じゃあ駄目だ、嫌いだもん」
「えええっと、あ、これこれ、これだ、525ってヤツだ、ホラ、」
彼はページを捲り、僕に渡した。
「・・・おい、これって、」
「あ、何だよ、急に芝居がかってさあ、」
「ばか、これ、バブルの時に俺が唯一、好きだったBMだ、」
「へえ、じゃあ、いいじゃねえか!」
「うわ、・・・今、こんなに安いのか、・・・525って、」
「尚更、いいじゃねえか、」

夜中の轢き逃げから、2ヶ月が経っていた。
僕は杖をつきながらワイフと子供を連れ、ある中古販売店のオーナーの倉庫に立っていた。
「なあ、即決したら、ゴメンな」
僕はワイフに告げた。
「構わないケド、まだ運転しちゃ駄目よ、」
ワイフは杖をノックした。
オーナーが倉庫の扉を開いた。
「こちらなんですよ、」
その倉庫には、不人気と呼ばれる自動車が何台も並んでいた。
「あれだよ、」
僕はワイフの視界に、差し指を侵入させた。
まだ、電灯が馴染んでない空間に、貴賓を放つ存在があった。
僕は、忘れていた友人に、逢えなかった想いの彼女に、久し振りに会えた気分になっていた。
僕の焦点が段々と、白い身体に合っていった。
「奇麗な感じのする、自動車ね」
ワイフは、僕の後ろを歩きながら言った。
「そうさ、忘れてたケド、こいつに六本木でナンパされそうになったことだってあるんだ、」
軽い興奮があった。
初めて見た金色の2002や六本木のカローラ達の姿が浮かんでいた。
「スイマセン、エンジンかけてもいいですか、」
オーナーは快く、キーを渡してくれた。
ドアを開け杖をワイフに渡して、僕はゆっくりとシートに座った。
懐かしい匂いがした。
「でも、シートは皮じゃないんだ、」
「BM、お持ちだったことがあるんですか?」
オーナーは反対のドアを開いた。
「いえ、出会うチャンスが多かったんで、」
「そうですか、あ、どうぞ、エンジン掛けてみて下さい」
僕はキーを挿し込んだ。
「あ、これ、え?」
僕は指を差した。
「え?どうしました、ありゃ、そうだった!」
オーナーはスイマセンと付け加えた。
「・・・これ、・・・メーターが無いんですね、」
「・・・そうなんですよ、忘れてました、申し訳ありません、半月くらい前にタコメーターが動かないんで、・・・外して、そのまんまだったんです、」
「・・・え、タコメーター動かないんですか、」
「はい、・・・申し訳ありません、」
「・・・そうですか、・・・あ、エンジンはかけても、いいですか、」
「はい、どうぞ、どうぞ、」
電灯が意志を持ち始めた空間に、E28・525iが振動を与えた。
それは、久し振りの再会の挨拶として、そして、お別れの挨拶だった。

結局、タコメーターは直らず、その白く奇麗な525iは僕の家族を乗せることは無かった。
僕のE28と出会うのには、もう少し、時間が必要だった。

第5章・再会編〜了
第6章・衝動編
もしくは
番外〜再びバブル期編
に続く・・・


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