| 僕は夜の遊園地にいた。 真っ暗な世界でも、メリーゴーランドや観覧車は光彩を放って、人々の注目を浴びていた。
 僕はRが座っているベンチを探していた。
 歩きながら、これまでのRと過ごして来た時間が思い出されていた。
 僕はRと結婚するつもりでいた。
 二人で夜空を観たことを思い出した。
 僕は天空を仰いだ。
 果たして、そこには星や月の姿は無かった。
 「そっか、東京に来てたんだっけ、」
 僕は納得して、再びRの待つベンチへと向かった。
 ふいに、背後から僕の頬を触る感触があった。
 僕が振り返ると、高校時代の彼女が掌を差し出して立っていた。
 彼女は微笑っていた。
 「おお、なんだ、ヒサシブリ、」
 僕は少し驚いて言った。
 「ダイジョウブ?」
 彼女が言った。
 「え?大丈夫だよ、・・・って、何が?」
 「ううん、イイノ、ダイジョウブだったら、」
 彼女はそう言って、今度は僕の額に手を伸ばした。
 「オイオイ、何だよ、俺は大丈夫やっちゅねん、」
 「ホントウに?」
 「ああ、って言うかさあ、俺さあ、フィアンセと来てるんだ、ゴメン、」
 「ふうん、」
 「ふうん、じゃねえよ、じゃあ、急いでるんで、マタね、連絡するよ」
 「・・・」
 「久し振りなのにゴメンな、連絡するから、」
 僕はRの待つベンチへと急ごうとした。
 「!?」
 急に視界に暗闇が広がった。
 何にも見えなかった。
 「何だ、停電か?」
 暗闇に変化は無かった。
 僕は不安になった。
 Rのことが心配だった。
 「R!」
 僕は暗闇に叫んでみた。
 雑音が耳に届き始めた。
 途端に口の周辺に痺れを感じた。
 声も出なくなった。
 痺れは身体全体に広がり、それは痛みへと成長していった。
 「いてえええええ、」
 出なくなっていた声が身体の痛みをきっかけに戻っていた。
 そして、僕は目を閉じていることに気が付いた。
 痛みの中、ゆっくりと目を開くと、強い光が入って来た。
 そして、ここは夜の遊園地ではなく、病室であることを認識した。
 僕の左手には、複数の点滴が刺さっていた。
 褪せた青と白の入院着に身を包んだまま、僕は15時間も熟睡していた。
身体のあちこちが痛かった。
 視界の左端に、アシスタントのMが立っていた。
 「・・・おぉ、Mちゃん、どうした」
 「どうしたじゃ、ないですよ!」
 「・・・あ、ああ、そうか、・・・悪い悪い、入院かぁ、俺、」
 「もう、心配したんですよ、ミンナ!、ホントに呑気なんだから!!」
 彼女はワザと怒ってみせた、ようだった。
 「それに痛そうだったから、手をあてたら、なんかヘンナコト、言うし」
 「・・・あ、何言った、俺?・・・つうか、Mちゃんか、夢でも感触があったよ」
 「え?へえ、不思議ですね、」
 「・・・不思議じゃあ、ねえだろ」
 「何の夢だったんですか?」
 「あ、うん、ワイフのことだったなあ、」
 「うわ、こんな状態でノロケですか、」
 「ばあか、違うよ、本当にそういう夢だったんだよ、」
 「あ、それより、大丈夫ですか、痛くないですか、」
 「大丈夫だけど、痛てえなあ、それより、会社大丈夫か、」
 そう言いながら僕は事故の事を思い出していた。
 一瞬の出来事だった。
僕の身体はMTBと相手の自動車を越え、地面に叩き付けられた。
 痛さで怒りが増し、僕は叫びながら立ち上がった。
 そして、逃げた車の方向へ向かった。
 ところが、どうやら眼鏡は割れてしまったらしく、視界がハッキリしない。
 「んだああああああああああ」
 怒りは増すばかりだった。
 突然、左膝に激痛が走り、僕はそのまま転倒してしまった。
 電光ナンバーの白い国産車は、姿を消した。
 真夜中の誰もいない通りで、僕は携帯電話の110を押した。
 ベッドの上で半月が過ぎた頃には、起きていられる時間も増え、
通常の面会も許可が貰えていた。
 そんな中、友人が尋ねて来てくれた。
 一通りの事故と症状の話が終わった頃、
 「それでな、」
 と切り出した。
 「お前さあ、これを期にクルマ考え直したら?」
 「何でだよ、」
 「お前のJimnyもさあ、RちゃんのMarchも、危ねえよ」
 「何だよ、急に、」
 「急じゃねえよ、昔から言ってんだろ、」
 「ははは、轢かれたのはMTBだったからだよ、」
 「お前は、いいよ、殺しても死なねえだろうから、でもな、Rちゃんとか、産まれたばっかの子供ちゃんとか、どうするよ、」
 「あ、ああ」
 「JimnyもMarchも、安全性考えたら、どうかと思うぜ、家族増えたんだから、もっと頑丈なヤツにしろよ、」
 「何だ、Rに駐車場処分する話、聞いたのか?」
 「いや、聞いてないけど、ちょうどいいじゃんか、駐車場も無くなるなら、いっそのこと、一つにまとめちゃえよ、」
 「簡単に言うなよ、」
 「簡単だろ、引っ掛かってるのは、愛着だけだろ、これからの家族のことを考えろよ、という訳で、中古車雑誌だ」
 彼は中古外国車雑誌を数冊、僕に渡した。
 「外車の中古誌かよ、やけに用意がいいな」
 「どうせ新車の国産車は欲しいのが無いとか言って、見もしないだろ、」
 「ははは、まあな、実はRとも話してたんだ、買い替えかなって、」
 僕はパラパラと雑誌をめくっていた。
 「お前、ヴァンプラ欲しいとか言ってなかったっけ?」
 「ああ、候補はヴァンプラかボルボの240か、その辺なんだ」
 「なんだ、その辺って、解り辛いなあ、」
 彼は笑って言った。
 「バブル時代から嫌いに成ってるケド、昔はBMって好きだったんだよなあ」
 「え、おい、古いBM、売りたいってヤツ、知ってるぞ、俺、」
 「あ、マジ?古いって、いつ頃よ、」
 「・・・それこそバブル時代じゃねえか、あのカタチ、・・・俺もBMは、詳しくないからなあ」
 「ああ、六本木カローラね、じゃあ駄目だ、嫌いだもん」
 「えええっと、あ、これこれ、これだ、525ってヤツだ、ホラ、」
 彼はページを捲り、僕に渡した。
 「・・・おい、これって、」
 「あ、何だよ、急に芝居がかってさあ、」
 「ばか、これ、バブルの時に俺が唯一、好きだったBMだ、」
 「へえ、じゃあ、いいじゃねえか!」
 「うわ、・・・今、こんなに安いのか、・・・525って、」
 「尚更、いいじゃねえか、」
 夜中の轢き逃げから、2ヶ月が経っていた。
僕は杖をつきながらワイフと子供を連れ、ある中古販売店のオーナーの倉庫に立っていた。
 「なあ、即決したら、ゴメンな」
 僕はワイフに告げた。
 「構わないケド、まだ運転しちゃ駄目よ、」
 ワイフは杖をノックした。
 オーナーが倉庫の扉を開いた。
 「こちらなんですよ、」
 その倉庫には、不人気と呼ばれる自動車が何台も並んでいた。
 「あれだよ、」
 僕はワイフの視界に、差し指を侵入させた。
 まだ、電灯が馴染んでない空間に、貴賓を放つ存在があった。
 僕は、忘れていた友人に、逢えなかった想いの彼女に、久し振りに会えた気分になっていた。
 僕の焦点が段々と、白い身体に合っていった。
 「奇麗な感じのする、自動車ね」
 ワイフは、僕の後ろを歩きながら言った。
 「そうさ、忘れてたケド、こいつに六本木でナンパされそうになったことだってあるんだ、」
 軽い興奮があった。
 初めて見た金色の2002や六本木のカローラ達の姿が浮かんでいた。
 「スイマセン、エンジンかけてもいいですか、」
 オーナーは快く、キーを渡してくれた。
 ドアを開け杖をワイフに渡して、僕はゆっくりとシートに座った。
 懐かしい匂いがした。
 「でも、シートは皮じゃないんだ、」
 「BM、お持ちだったことがあるんですか?」
 オーナーは反対のドアを開いた。
 「いえ、出会うチャンスが多かったんで、」
 「そうですか、あ、どうぞ、エンジン掛けてみて下さい」
 僕はキーを挿し込んだ。
 「あ、これ、え?」
 僕は指を差した。
 「え?どうしました、ありゃ、そうだった!」
 オーナーはスイマセンと付け加えた。
 「・・・これ、・・・メーターが無いんですね、」
 「・・・そうなんですよ、忘れてました、申し訳ありません、半月くらい前にタコメーターが動かないんで、・・・外して、そのまんまだったんです、」
 「・・・え、タコメーター動かないんですか、」
 「はい、・・・申し訳ありません、」
 「・・・そうですか、・・・あ、エンジンはかけても、いいですか、」
 「はい、どうぞ、どうぞ、」
 電灯が意志を持ち始めた空間に、E28・525iが振動を与えた。
 それは、久し振りの再会の挨拶として、そして、お別れの挨拶だった。
 結局、タコメーターは直らず、その白く奇麗な525iは僕の家族を乗せることは無かった。
僕のE28と出会うのには、もう少し、時間が必要だった。
 第5章・再会編〜了
第6章・衝動編
 もしくは
 番外〜再びバブル期編
 に続く・・・
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