川村渇真の「知性の泉」

部下のマネジメント技術を失敗例から学ぶ


 部下のマネジメントに関する解説を読んでも、いまひとつピンと来ない人もいるだろう。そんな人のために、別な角度からの解説を用意してみた。部下のマネジメントを失敗した実例を取り上げ、どうすれば成功に導けたかを考える。

大失敗へと発展した原因はマネジメントの悪さ

 まずは、失敗例の紹介だ。登場人物は、管理者のA氏と、その部下のB氏の2人だけ。その部門では、重要な取引先から技術サポート業務を請け負っていた。技術に関してはB氏しか詳しくなく、具体的な業務のほとんどを担当している。A氏は、B氏の管理に加え、営業など技術以外の業務を行っていた。
 取引先からの要望で、取引先の重要な顧客に対し、かなり大がかりな技術説明会を開くことになった。技術に関してはB氏しか知らないので、説明内容はB氏が作るしかない。それ以外の他の作業を、上司であるA氏が担当した。
 B氏は、外部へ説明したり、説明用の資料を作る能力が低い。その点を考慮して、上司のA氏は、十分な準備期間を与えた。もともとB氏の負荷は、サポート業務の方がさほど忙しくないので、かなりの余裕があった。準備期間を長く確保することで、十分すぎるほどの時間を準備に使えた。
 長い準備期間にもかかわらず、説明資料の作成はほとんど進まなかった。どのように作ったらよいのか、B氏には分からなかったからだ。そこうしているうちに、技術説明会の開催日がどんどん近付いてくる。こんな状態なのに、上司であるA氏は、「もう時間がないぞ。とにかく頑張れ」といった激励の言葉を与えるだけ。最後の方になると、A氏は「量の少ない簡単なものでも構わないから、とにかく何か用意しろ。当日の朝までに」と言った。
 そして、技術説明会の当日がやってきた。説明資料をほとんど作れなかったB氏は、当日の朝から雲隠れしてしまった。A氏は会場に行き、開始時間になってもB氏が来ないし、渡す資料や説明する資料もない。来場してもらった顧客はもちろん、取引先の担当者にも、ただただ平謝りするしかなかった。
 仮に、B氏が雲隠れしなかったらどうなっていただろうか。取引先から見た場合、結果は似たようなものである。B氏は、渡す資料や説明する資料を1人で作る能力がなかったため、当日に会場へ来たとしても、顧客の前でマトモな説明ができなかった。取引先から見て、やはり失敗の説明会になった可能性が非常に高い。もちろん取引先の印象は、雲隠れするよりかなり良くなっただろうが。
 当日に雲隠れという大失敗を起こしたため、取引先からの信用は完全に崩壊した。サポートの契約期間が残っていたので、その分だけは継続することとなった。取引先にしても、すぐには代替サポート企業を探せなかったのだろう。契約期間が終わると、取引は完全に終了した。
 以上のように、部下のマネジメントが悪いと、最悪の事態にまで発展する。技術説明会を失敗しただけでなく、それに関わる別な費用も余計に発生した。当然、単に信用がなくなっただけでなく、金銭面での赤字も生まれた。

仕事を成功させることが一番の目的

 失敗例を紹介したので、これを題材にしながら、どのようにマネジメントすれば失敗を防げたのか考察していく。
 具体的なマネジメント方法を考える前に、マネジメントの役割を再確認しよう。マネジメントが目指すのは“仕事の成功”である。部下が担当する仕事だけでなく、その上司まで含めた部門が担当する仕事全体に関して、“いかにして成功させるか”こそマネジメントの最大の目的だ。そのために何をすればよいか考え、得られた答えが管理者の行動となる。このような視点こそ、マネジメント技術では重要である。
 今回の失敗例では、部下のマネジメントが重要なので、その点だけ取り上げる。部下に関する仕事の成功とは、部下が担当している仕事の成功である。技術説明会に使う資料の作成、技術説明会における説明作業の2つが、担当する主な仕事だ。この2つを成功させるために、上司は部下に対して何をすればよいのか考える。
 上司の行動内容を考える際には、部下の能力の把握が欠かせない。担当する仕事を自分1人で完成できるのか、仕事ごとに見極める必要がある。もし部下の能力が不足するなら、誰かが手助けしなければならない。手助けする人としては、上司、他の部下、他部門の人、外部の人などが考えられる。不足する能力が1つとは限らないので、複数の人が手助けしなければならない場合もある。
 部下の能力を把握していないなら、仕事の進め方を尋ねながら、能力の有無を調べるしかない。こうした方法も、マネジメント技術に含まれる。もし部下の能力に不安があるなら、失敗しないように細かく指示したり、能力を身に付ける機会も提供しなければならない。

部下が分からない箇所を、上司が手助けする

 ここからは、上司であるA氏の行動を考えよう。どのように改良すれば失敗を防げたのかだけでなく、大成功に近づけるような結果を目指して。
 まずA氏は、部下B氏が担当している仕事に関して、内容を理解しているのか調べなければならない。そのためには、担当する仕事の範囲を明確にする。その上で、何を作るのかも明らかにする。今回の例では、説明会の資料作りと、説明会での実際の説明が担当する仕事となる。最低限として作るものは、説明する内容を整理したもの(説明する際に見る資料も兼ねる)、説明会で配付する資料、説明時にプロジェクターで映し出すプレゼン資料の3つだ。
 部下の理解度を調べる必要があるため、具体的な作成物を上司が最初に教えてはならない。この仕事で何を作るべきなのか、最初は部下に尋ねる。もし的確な回答が得られなければ、何を作るのか判断する能力がないと分かる。その場合は、3つの作成物の概要と、それぞれがなぜ必要なのかを、上司が部下に説明しなければならない。
 続いて、3つの作成物に関して、どんな内容にするかを部下に尋ねる。口頭で回答してもらうだけでなく、作成物ごとに1枚の用紙に書いてもらう。できれば目次に近い形で。それを見れば、どんな内容が含まれるのか、どのような流れで説明しようとしているのか、上司が判断できるはずだ。
 もし何も書けなかったり、書いた内容にまとまりがなかった場合には、まとめ方を部下に教えなければならない。具体的な内容は部下しか知らないので、上司が上手に質問しながら、大事な要素を洗い出す。それを、目次の形に整理して部下に見せる。このとき上司は、整理のコツを部下に教えることも大切だ。
 当然のことだが、どんな説明でも相手と目的が必ず存在する。その説明相手と目的に適した内容を用意しなければならない。上司は、こうした点も、目次の作り方と一緒に教える。

日程を決め、途中段階の作成物も提出させる

 作成物ごとの目次が作れたので、後は実際に作る段階に入る。ただし、自由に作ってよいわけではない。作成物の分量、説明の詳しさ、説明相手の理解力に応じた分かりやすさなど、考慮すべき点がいくつかある。さらには、作成に費やして構わない工数(つまり作成の人的コスト)と準備期間も意識して、作成物の分量や詳しさを決める。何でもかんでも含めるのではなく、口頭の説明で済むものは、口頭だけの説明内容に回す。こうした点も、上司が部下に確認する。理解していると判断できてから、作成を開始させる。
 実際に作り始めても、期待したように進むとは限らない。もともと自分1人では作れない場合、こうした資料作りでは相当に苦労するだろう。上司は、作成途中の内容をときどき提出させ、作成の進み具合を把握しなければならない。
 こうした進捗管理で大事なのは、作成日程を用意することだ。後ろの方に十分な余裕を持った形で、作成物ごとの日程を日付入りで決める。部下は日程を適切に決められないだろうから、上司が決めるしかない。作成途中の提出も、作成日程の中に含める。もちろん、途中段階でどこまで作るのかも明確にした形で。
 日程どおり進まないときには、作り方を上司が教えなければならない。何をどのように書くのか、手取り足取り説明する。教えてもなかなか書けない場合には、具体的に書いてみせることも必要であろう。
 作成物が複数あるときは、全部を平行して作るのではなく、作成の順番を決める。今回の例では、説明内容のまとめ、配付資料、プレゼン資料の順にする。説明内容のまとめを先頭に置いたのは、説明すべき内容を最初に整理した方が、残りの作成物を効率良く作れるからだ。

最悪の場合は、仕事の担当を変える

 上司がいくら丁寧に説明しても、まったく作れない部下も少しは存在する。そんな部下だと、準備期間を長く与えたぐらいでは、マトモな資料が作れない。作れそうかどうか、できるだけ早目に見極める必要がある。
 部下が作れないと判断したなら、別な人に担当させるしかない。別な部署に依頼するとか、外注するとか、失敗しない手を打つ。それらが不可能なら、部下の話を聞きながら、上司自身が自分で作る必要も生じるだろう。その際には、内容の要点を部下に箇条書きで洗い出させ、それを上司が資料としてまとめる。こういった方法を用いながら、何とか使える資料を作り上げる。
 作れそうかどうか見極めるのに、毎回同じように試すのは賢いやり方ではない。部下の様々な能力を普段から調べておき、試す前にほとんど把握しているのが、賢明な上司である。上記のような調べ方を普段の仕事にも適用し、部下の能力を把握しなければならない。
 プレゼンのような説明に慣れてない部下なら、いきなり本番を行わせるのは無謀だ。人前で喋ることで上がってしまったり、時間の割り当てに失敗するなど、説明がボロボロになる可能性が高い。上司の前で何回か練習させてから、本番に臨ませるべきだ。事前に練習しておくと、本番での大きな失敗はかなり防げる。
 資料を外部で作ってもらった場合でも、プレゼンだけは部下に担当させることも可能だろう。上司の前でプレゼンを練習させることは、部下がプレゼンを成功させられそうか、確認する手段にもなる。練習しても使いものにならないときだけ、別な人にやってもらう。

部下のマネジメントと教育は一体のもの

 以上のような進め方こそが、マネジメント技術である。上司は、仕事を成功へと導くために、部下へ細かく指示したり、作り方や整理の仕方を教えたりする。また、途中段階で作成物の内容を確認して、悪い点を直させる。どちらも、仕事の成功に欠かせない。
 こうした上司の行為は、部下の教育という面も持っている。部下ができない箇所を理解し、できるようになるために必要なことを上司が教える。その結果、部下の能力が少しずつ高まり、部下の仕事の成果としても現れる。
 もちろん、上司が教えられない内容もあるだろう。その場合は、他の部下に教えさせたり、外部の人に教育してもらったりする。何もかもを上司が教えるわけではない。
 ただし、資料作りのような大事な作業に関して、上司が何も知らないなら、上司としての能力が大きく欠けている。上司自身が、率先して鍛え直されるべきだ。
 それ以上に、そうした人間に部下を持たせる組織こそが、大きな問題である。部下を持たせる以上、上司として必要な能力を教育しなければならない。現実には、そんなことを知らない上司や組織の方が、かなり多いのだが。実際には、組織が知らないという状況はあり得ず、組織を動かしているトップや経営陣が知らないことを意味する。

マネジメント能力の低い上司は困った存在

 ここまでの話で、部下のマネジメントにおいて上司が何をすべきなのか、大まかに理解できただろう。かなり論理的であり、マネジメント技術と呼ぶに相応しい内容だと。
 上司のマネジメント能力の差は、悪い部下を持ったときに大きく現れる。マネジメント能力が低い場合、悪い部下に当たると大失敗に発展しやすい。逆に、マネジメント能力が高い場合、仕事の結果が良くなるだけでなく、部下の教育も効率的に行え、部下の能力も高まる。仕事の面でも部下の教育の面でも、大きな差があるわけだ。
 この特徴を、部下の視点で見てみよう。もっとも影響を受ける、新入社員の視点で。マネジメント能力が低い上司(ハッキリ言うなら悪い上司)に当たった場合、自分の能力を高める可能性が非常に低くなる。知識以外の大事な能力を、ほとんど身に付けられない。こうした能力について、現状では本にほとんど書いてないだけに、実務で誰かに教えてもらうしかない。上司や先輩が教えてくれないと、能力が低いままにとどまる。
 逆に、マネジメント能力が高い上司(つまり良い上司)に当たった場合、部下にとって最高の職場となる。仕事の面で良い成果を出している職場というだけでなく、大事な能力を身に付けさせてくれる場所ともなる。能力が身に付くに従って、部下自身も仕事の良い成果を出すはずだ。
 以上のように、管理職のマネジメント能力は、組織にとって非常に重要な要素である。それだけに、マネジメント能力の向上には、組織として大きな力を注がなければならない。

必要なのは、マネジメント技術の教育

 今回取り上げた例に、話を戻そう。ここまで説明した方法は、上司であるA氏は実現できるだろうか。答えは、イエスだ。A氏には、提案書などを上手に作る能力があり、過去に何度もの実績を持つ。また、人前での講演会やプレゼンを実際に行っている。今回の仕事に関して、部下であるB氏に教えるべき内容をほとんど持っている。
 では、教えるべき内容を身に付けているのに、なぜ大失敗したのだろうか。部下のマネジメント能力が相当に低かったからである。B氏のような部下を持ったとき、どのように行動すればよいのか、まったく知らなかった。それが最大の原因だ。逆に、マネジメント技術を身に付けていいれば、ここで説明したような方法を導き出せ、確実に良い成果を上げただろう。
 今回の大失敗例を、多くの上司は笑えないと思う。同じような状況(予想できず突然と雲隠れする部下を持ち、それが起こりやすい状況)にいたとき、成功させるだけのマネジメント能力を身に付けている人は、おそらく少ないからだ。ここまで大きな失敗になるかは分からないが、成功させられる人は少ないのではないかと予想する。その根拠は、もっと軽い状況でさえ失敗している実例が、あまりにも多いからだ。

 マネジメント能力の不足による数多くの失敗を、組織の代表者は理解しなければならない。管理職へマネジメント技術を教育し、管理職として能力を高める必要がある。当然、代表者自身も含めて。現状でそうしてないのは、組織の代表者も、マネジメント能力が低い上司に属するからであろう。その意味で、経営者や重役へのマネジメント教育を、まず先に行わなければならない。

(2003年11月28日)


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