川村渇真の「知性の泉」

部下の失敗を考慮したマネジメント


「運が悪かった」は、マネジメントの失敗に多い発言

 どんな仕事でも、思い通りに進まない状況が発生する。原因は様々で、自分の失敗による場合だけでなく、同僚、関連部門、外部組織などの失敗の影響を受けることもある。
 主に自分以外の原因で失敗した際には、「運が悪かった」と言うことが多い。はたして本当にそうだろうか。もちろん、ある面では運が悪かったといえる。しかし、原因となった外部要因の影響を、本当に防げなかったのだろうか。その点こそ、もっとも重要である。
 実は、同じような状況でも失敗しない人がいる。仕事のやり方が、何か違う。簡単に言うなら、悪い状況を事前に予測して、対処できるように仕事を進めているのだ。いわゆるリスク管理で、悪くなった状況を早めに発見し、被害が大きくならないように手を打っている。そんな人は、最悪の状況には陥らず、被害を最小限に押さえてしまう。仕事が終わった時点では、「運が悪かった」ではなく「何とか切り抜けた」と言うことが多い。
 このような仕事の進め方は、部下の仕事でも同じだ。部下の失敗が原因で、その仕事に悪い影響が大きく出たら、上司の失敗でもある。部下が失敗しても影響が小さくなるように、きちんとマネジメントしなければならない。それができなくて、最後に「運が悪かった」と言うのは、明らかに失敗であり、マネジメントを知らなさすぎる。

部下の能力と性格を見極めて対応を決める

 部下に任せた仕事の成否に関しては、部下全員に対して同じような注意を払うわけではない。仕事のできる部下なら、ほとんど心配しなくても期日どおりに仕事を終えるだろう。逆に仕事のできない部下とか、担当する仕事が初めての部下は、失敗する可能性が高い。この違いを理解し、失敗の可能性が高い部下ほど、進み具合を細かく把握するのが、マネジメントの基本となる。
 失敗する可能性が高いかどうかは、与えた仕事への適性や能力だけで決まらない。部下の性格も大きく関係する。まず適性や能力のほうだが、初めての仕事なら適性を予測し、経験済みの仕事なら能力で判断しよう。仕事の種類ごとに異なるので、仕事ごとに成功する可能性を見極める。単に「成功するか」だけだと判断しづらいので、仕事の早さと質の両面で検討する。早さとは、期日に間に合わせて完成させられるかどうかで、質とは、決められた条件や目標を満たして仕上げられるかどうかだ。もし担当する仕事が大きいときは、数個の仕事に分割して判断する。
 性格の評価のほうは、かなり難しい。見るべき重要な点は、仕事に対する責任感と、仕事に関係する知識や能力の向上心である。この2つがあるなら、少しぐらい適性が低くても、きちんとした結果を出せる場合が多い。
 2つのうち、より重要なのが責任感だ。これが相当に低いと、目も当てられないぐらい悲惨な結果に終わる。世の中には、責任感がゼロに等しい人もいる。実際にあった話を紹介しよう。サンプルの提出を顧客に約束したにもかかわらず、期日になってもできないだけでなく、謝りの連絡も入れない。上司が怒っても気にせず、ゆったりとサンプル作りを進めていた。また、顧客への見積書の提出を上司が任せたときは、何もせずに帰宅しようとしていた。問いつめると、最後には「自分がやるんですか?」と開き直った。上司が直接本人に依頼していたにもかかわらずだ。こんな風に何から何まで無責任な行動ばかりで、同僚に迷惑がかかっても気にしない。問いつめられたときも、取って付けたような理由を言うだけで、絶対に謝らない。こういう人が現実に存在するのだ。
 このような部下がいたら、どうすればよいのだろうか。本当に難しい問題だ。採用したのが根本的なミスだが、採用時には分からない場合も多い。採用してしまったなら、改善のチャンスを与えて、直るかどうかを見極める。もしダメなら、重要な仕事から外して、組織や顧客に迷惑をかけないようにする。同時に報酬も下げるのは当然である。
 改善のチャンスを与える際には、責任感が低いといった欠点を、明確に伝えることが重要となる。この種の問題は、本人が自覚しないと直らないからだ。言い方には工夫するが、明確に伝える点だけは絶対に守る。欠点を伝えると同時に、改善しない場合の対処も明確に伝える。大切な仕事から外すこと、報酬がかなり下がることなどだ。それによって真剣に考え、改善する可能性は高まる。できれば改善してほしいので、伝えた後、上司は親身になって手助けしたほうがよい。
 これでも改善しなかった場合は、人事部と相談して対処を決めなければならない。被害を最小限にする意味から、できるだけ早目に重要でない仕事に移す。報酬が減ることで、部下本人も少しは自覚するだろう。長い目で見れば、本人のためである。自覚したと判断したら、改善のチャンスを再び与えるのが望ましい。
 責任感のない従業員をそのまま放置するのは、企業にとって非常に危険である。顧客へ迷惑をかけるのはもちろん、社内への悪影響も見逃せない。テキトーにやっても同じような報酬をもらえるなら、真面目な社員のヤル気まで落ちてしまう。そうならないように、企業として根本的な対策が必要だ。このような点で部下を見るのも、上司の仕事の一部である。

最悪の状況を考えながら部下の仕事を見守る

 部下に慣れない仕事を任せたときが、上司が一番注意すべき状況だ。部下が失敗しても全体には影響しないように、仕事ぶりを注意深く見続けて、必要なら適切に対処しなければならない。そのための方法を紹介しよう。
 もっとも気を付けるのは、最初に定める仕事の日程。かなりの余裕を持たせるのは当然で、通常よりも長い期間を与える。仕事の内容にもよるが、1.5倍とか2倍にすることが多い。もう1つ重要なのが最終期日で、通常よりも前に設定しなければならない。もし期日に仕上がらない場合、別な人にやってもらう余裕が必要からだ。他の人と同じ期日には、絶対に設定しないこと。
 上司が注目するのは、最終期日だけではない。途中の段階でも仕事の遅れを把握できるように、途中の作業ごとに期日を設定する。そのためには、部下の仕事を数個の作業に分割し、それぞれに必要な工数を見積もる。その工数値を全体日程に照らし合わせ、比例する形で割り振ると、作業ごとの期日が求められる。それを最初に示して、部下に仕事をやらせよう。
 難しいのは、仕事の遅れが発生したとき、続けさせるかの判断だ。遅れが少しだけなら、次の工程で挽回できるので、そのまま続けさせる。しかし、遅れが大きいときは、その仕事を別な人に手渡すしかない。続けさせるか手渡すかの判断は、本来の最終期日(部下への提示より遅い、本当の期日)までに、手渡された人が仕上げられるかどうかで決める。手渡された人の仕事が、本当の期日に間に合うかを計算するわけだ。手渡される側にも多少の余裕が必要なので、それを含んだ日程で考える。もちろん、途中までの作成物も一緒に渡すので、その分の工数は引いて計算する。こうして得た計算値が、残りの日程と等しくなったら、別な人に手渡すしかない。なお、手渡される人が別な仕事を持っているなら、並行して作業することも考慮する。また、手渡す人の目星をつけ、最悪の場合に手助けを頼むことを事前に了解してもらわなければならない。
 部下が遅れた場合にありがちな失敗は、別な人に任せると言い出しにくくなったとか、人間的な温情で続けさせ、結局は全体に悪影響を与えることだ。その中でも最悪なのは、本当の期日ギリギリまで待ち、最終的には仕上げられない場合だ。こんな状況に陥ってしまうと、別な人に頼んで急いで作業してもらっても、大きな遅れが生じてしまう。そうならないように、別な人がやれる余裕を計算しながら、部下の仕事を見守る必要がある。
 仕事を別な人に手渡すと言い出しやすいように、開始時点で部下に説明しておく。最初から言っておけば、本人も覚悟しているし、そうならないように努力するだろう。後で感情的にこじれないためにも、どんな条件を満たしたら別な人に手渡すのかも、最初から明確に示したほうがよい。
 以上が、慣れてない仕事を部下にさせるときの基本である。最悪の場合を考慮しながら、部下の仕事の質や進み具合を見守り、必要なら人に手渡すと決断する。

与えた仕事への適性が低い部下には、細かく助言する

 慣れてない仕事を与えたときは、部下を手助けして能力を高めさせるのも、上司の重要な仕事だ。その際には、部下の適性を見極めなければならない。適性を持つ部下なら、簡単な助言を与えるだけで能力を身に付けるため、心配する必要はない。
 反対に、与えた仕事への適性が低い部下では、単に「頑張れ」とか「勉強しろ」と言っても、あまり効果はない。そうではなく、上司がかなり手助けしないと、仕事に必要な能力を身に付けられない。どの程度の能力を身に付けるかは、上司の手助けで決まる。この点は非常に重要なのだが、理解していない人が意外に多い。
 上司が手助けする方法だが、いくつかのポイントがある。まず、上司が実際にやって見せることは、効果が大きい。ただし、上司が全部をやると部下に任せた意味がないので、一部分だけをやって見せて、残りを部下にやらせる。他の手助け方法は、作業の手順を示し、手順ごとに注意点を細かく説明することだ。上司が実際にやって見せるときに、このような説明を加えると、部下が理解しやすい。ただ聞いているだけだと忘れるので、記録を残させるのも必要なことだ。一度説明した後は、部下の実際の仕事を見ながら、細かな助言を与える。
 最初のうちは仕事の質を求められないので、質が多少低くても大丈夫な仕事を与えることも大切。質が問われる仕事は、慣れてきてから与えればよい。まず最初は、その仕事を最低限のレベルでできるようにさせよう。

途中段階の成果物が分かるようにしておく

 どんな部下に仕事を任せるときでも、最悪の状況まで考慮したほうがよい。たとえば、病気や事故で部下が突然といなくなる場合だ。
 部下が突然といなくなったとき、それまでの成果物を入手する必要がある。それがないと、最初から作らなければならないからだ。入手すべき成果物の中には、全体の進み具合を把握できる書類なども含まれる。
 どんな仕事であっても、成果物の保存場所を日頃から分かるようにしておきたい。プロジェクトなら、保存ルールを定めるとともに、作成物の状態を示す方法も決める。ファイル名で区別するとか、ファイル内の先頭部分に状態表示を入れるとか、全員が同じルールを守る。これによって、各成果物がどんな状態なのか素早く判断できる。
 どんな成果物を作成中なのか、個人ごとに全体像を把握できる書類も作らせる。ただし、面倒だとやりたがらないので、最低限の情報だけで済ませる。すべての成果物に関し、保管場所と識別方法(ファイル名など)だけで十分だろう。ファイル数が多いと大変なので、グループ分けしたフォルダ単位で構わない。細かさよりも、最新状態で網羅している点のほうが重要だ。この書類は、部下からの報告にも使えるので、定期的な報告として提出させる。なお、個々の成果物の進捗状況に関しては、成果物ごとに分かるようにすればよい。
 この種のルールを守らない人には、厳しい態度で接するしかない。チームで仕事をする以上、プロとして当然のルールだからだ。仕事中の服装、成果物の作り方などとは、まったく別な次元の問題である。ルールを守らない部下に対しては、評価が相当に低くなるとか、上司としての見解を明確に伝える。それでも守らないなら、仕事を取り上げたり、チームから出すなどの最終的な行動で示すしかない。

通常のマネジメントに組み入れる

 以上のように、部下に仕事を任せるときには、最悪のケースも考慮しながら進めなければならない。それにより、失敗して「運が悪かった」と言う機会は確実に減るだろう。ここで説明した内容を整理すると、次のようになる。

部下の失敗の影響を最小限にするポイント
・部下の適性と能力を見極める
・適性や能力の低い部下を重点的に見守る
・失敗しやすい部下には、余裕を持って仕事を与える
・適性の低い部下は、細かく助言して能力を高めさせる
 (早く成長してもらって、仕事を任せられるようにする)
・部下による完成が無理なら、別な人に仕事を渡す
・感情的な傷が残らないように、最初にルールを示す
・成果物の保存方法を普段からルール化しておく

 これ以外の内容は、部下への通常時のマネジメントを適用する。仕事の進み具合や成果は定期的に報告させ、上司が把握できるようにするとかだ。通常時のマネジメント方法の中に、最悪の状況を考慮した方法を組み入れるのが、基本的な使い方となる。
 チームで仕事をしている以上、守らなければならないルールがあり、それを理解させるのも上司の仕事である。部下に仕事を任せ、適度に助言して育て、最悪の場合も前もって考慮しておく。それができれば、最後に「運が悪かった」と言わなくて済むはずだ。

(1999年9月21日)


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