川村渇真の「知性の泉」

部下の能力を可能な限り引き出す


ただ頑張れと言うだけではダメ

 部下を持つ上司にとって、すべての部下が優秀なら何も苦労しない。しかし実際は、経験の浅い人や入り立ての新人も部下に付く。これらの人を有効に活用して仕事を進めなければ、大きな成果を上げるのは難しい。そのためには、部下の能力を伸ばしつつ、可能な限り引き出すことが求められる。
 まだ能力を身に付けていない部下に仕事をやらせるとき、ありがちな上司の対応は、「頑張れ」とか「きちんとやれ」と繰り返すこと。しかし、いくら頑張るように圧力をかけたとしても、できないものはできない。ただ時間だけが経過して、できないまま期日に達するだけだ。頑張れと言い続けたり、できないと怒り続けるのは、単に時間を無駄にするだけでしかない。もっと適切な対応をしなければ、上司としては失格である。
 部下が自分だけで何とかできるのは、ごく一部の人だと理解しよう。その他の部下に対しては、状況を打開するために、上司が手助けしなければならない。ヤル気を引き出すとか、やり方を教えるといった方法で、できるように変えてやることが大切だ。

部下のできないレベルを見極める

 部下ができない状況には、いくつかのレベルがある。道具が揃ってないといった外部要因を除くと、部下本人に関するものとしては、以下の3つのレベルに分けられる。

できない部下のレベル分け
・レベル1:ヤル気がない
・レベル2:やり方が分からない
・レベル3:能力が不足している

 もっとも低いレベル1は、ヤル気のない部下である。仕事自体に興味がなく、給料をもらえる範囲内で手を抜こうとする。ヤル気がないと、どんなに丁寧に教えても無駄になる可能性が高いので、その状況を改善しなければならない。こういった部下なら、ヤル気を出させることが第一歩となる。
 ヤル気があっても、基本的な仕事のやり方を知らなければ、目標を達成するはずがない。独学で習得できる人が少ないので、誰かが教える必要がある。基本的には上司が担当するが、無理なら別な人が担当できる状況を作る。このように手間をかけて教え、部下を育てなければならない。
 基本的なやり方を知っただけでは、簡単な仕事しかできない。そこそこの難易度の仕事を任せるには、ある程度まで能力を高める必要がある。上司がきちんと教えて、部下の能力を高めることが大切だ。それを達成すれば、戦力として計算できるレベルになる。
 以上のように、部下のレベルによって上司の対処は異なる。その意味で、部下がどのレベルに該当するのか、最初に見極める必要がある。これ以降では、部下に対してどうすればよいのか、3つのレベルごとに細かく見ていこう。

レベル1への対処:部下にヤル気を起こさせる

 ヤル気のない部下の気持ちを変えて、ヤル気を引き出すのが、このレベルの最大の目標となる。しかし、これが一番難しい。そうだとしても、考えられる方法を挙げてみよう。
 もっとも有効なのは、仕事の面白さを伝える方法である。その分野で能力を身に付けたら、どんなことが可能になるのか、将来の姿を思い浮かばせる。やりがいを伝えるわけだ。業界に有名な人がいれば、その人の業績だけでなく、周囲から尊敬されている状況など、詳しく紹介してみる。こうした方法で、仕事の面白さを伝えよう。
 お金に興味がある部下なら、能力が高まった場合の報酬を紹介するのも手だ。ただし、そればかりに目がいくと、仕事に対する意識はなかなか高まらず、質の高い成果を出せない。最初の段階で引き込む方法としては良いが、時間の経過とともに仕事の面白さを伝える努力を、上司はすべきだ。
 上司と部下といっても、最終的には人間と人間のつながりである。人間的な面を利用してヤル気を出させる方法もある。仕事以外の面で信頼を得て、上司に付いていこうとする気持ちを起こさせる。具体的にどうすればよいかは、上司や部下の特徴に関わるので、一般論としては述べにくい。試行錯誤しながら、上司が工夫するしかない。
 どんな方法で説得しても、ヤル気をまったく出さないタイプの部下もいる。上司としては、教え続けても労力の無駄なので、ある程度のところで見切ることも大切だ。この種の部下は、別な部下に悪影響を及ぼすので注意が必要である。もし報酬が同じか近いなら、ヤル気を出して成果を上げている部下は、大きな疑問を抱いてしまう。自分の成果を組織が評価していないのではないかと。ヤル気のある人の活力を失わせることこそ、ヤル気のない人が及ぼす最大の悪影響で、絶対に避けなければならない。
 ヤル気のない人をどうすべきか、組織として検討する必要がある。理想的なのは、ヤル気のない人が大きく損をするとか、居続けるのが難しいような仕組みを用意すること。報酬に大きな差を付けるのが、もっとも効果的だ。しかし、日本では避けたがる企業が多い。非常に大きな問題だけに、適切な対処が求められる。
 基本方針として、チャンスは平等に与えるが、ヤル気がなくて生かさないようなら、それに応じた対処をするしかない。

レベル2への対処:基本的なやり方を教える

 仕事の基本的なやり方を習得させるのが、このレベルの対処方法となる。ほとんど知らない部下に教える場合が多いので、きちんと身に付けられるように、丁寧な教え方を重視する。
 仕事の全体像を漠然と教える方法だと、なかなか習得できない。そうではなく、作業を複数の工程に分割し、各工程で何をすべきなのか、どんなものを作るのか、どういった形式で作るのかを明らかにする。複数の工程に分けることで、作業内容をより具体的に説明でき、部下が習得しやすい。
 教える際には、部下の適性も考慮する。工程の作業内容を簡単に説明して、まずやらせてみる。簡単な説明でできるなら、その作業の適性が高いと判断し、以降は少しの説明で済ませる。逆にできないときは、上司が実際にやってみせて、より具体的に教える。どれだけ詳しく説明するかは、部下の適性を見て決めるしかない。かなり細かく説明しないとダメな部下には、上司が付きっきりで教えるのは大変なので、実演は別な部下に任せたほうがよい。
 教える手間を減らすためには、別な仕事で作ったものでも構わないので、実際の作成物を数多く見せるのが効果的だ。いくつもの実例を見ることで、どんな風に作ればよいのか理解できる人が多い。実例を見せながら要点を説明する方法も、作業の内容が伝わりやすいのでお勧めする。
 このレベルに該当する部下は、未経験者だけではない。たとえ対象作業の経験があったとしても、今まで上手に行えなかった人は、未経験者と同じように教える必要がある。何年か経験していても、良いやり方を知らずに、成功しないまま年数だけが増えた人もいるからだ。該当するかどうかの基準は、経験年数ではなく、きちんと実行できるかどうかである。そういう視点で、部下を見なければならない。

レベル3への対処:上手にやるコツを伝授する

 基本的な作業方法を習得できたら、仕事の質を求める段階へと移る。安心して仕事を任せられるように、より上手にできる状態へと成長してもらう。
 ひととおりの作業内容は理解しているので、上手にこなすコツを教えるのが中心だ。どこがポイントなのか、注意すべき点や重視すべき点を説明する。しかし、このレベルの内容だと、言われたとおりにできるとは限らない。作成物の途中段階を何回か見ながら、具体的な助言を与える方法が適する。
 部下が少し成長してきたら、きちんとしたレビューを受けさせる。最初はかなり悪い評価になるだろう。それでも、上司が適切にフォローすれば、積極的な気持ちを持続できる。良いレビューを受けることで、部下の能力は確実に向上するはずだ。
 この段階では、もう1つ大切な点がある。自分で何とかする癖を身に付けさせること。これも重要な能力といえる。たとえば、部下が上司に質問したとき、答えを教えるのではなく、ヒントを与えるようにする。また、ソフトの使い方や技術的な内容を尋ねられたら、マニュアルや資料で調べるように指示する。詳しく教えて構わないのは、マニュアルの上手な調べ方であって、直接的な答えではない。このような態度を上司が繰り返すと、部下が自分で解決する癖が付く。
 レビューを受けさせたり、自分で調べさせる行為は、そうする理由を上司が説明したほうがよい。部下本人の将来を考えて、大切な能力を身に付けさせようとしているのだと理解してもらう。きちんと説明しなければ、変な誤解が生じて、人間関係が悪くなるからだ。こういった点まで考慮する意識も、上司には必要である。

きちんと評価して良い点は誉める

 以上のように、部下にヤル気を持たせる時点から、より高い能力を身に付ける段階まで、やろうと思えば上司が支援できる。それによって、部下の成長は左右される。最後に、各レベルに共通の注意点を挙げておこう。
 部下が仕事した結果は、上司がきちんと評価すべきだ。その評価結果を部下に伝え、改善すべき点を指示する。悪い点は悪いと言い、良い点は高く評価して誉める。この誉めるという行為が非常に大切で、部下のヤル気を高める効果が大きい。
 きちんと誉めるためには、最初から難しい課題を与えてはならない。1段階ずつ着実に階段を上り、地道に成長できるような課題を選びたい。それができるように上司は支援し、部下がきちんと達成したら誉めて、良い循環を実現する。こうした形だと、部下は自分の成長を実感できるので、より前向きに努力しようとする。この点が大切なのだ。
 良い点でも悪い点でも、そう評価した理由をきちんと説明する。余計な不信感を持たせないためだ。悪い点が見付かったら、それを指摘するだけでなく、上手にやるための方法を教えて、改善につなげる点も忘れてはならない。何でも前向きな形につなげよう。
 誉めるときも、改善方法を教えるときも、部下に成長してほしいと願う気持ちを強く持ちたい。そうした思いは、いろいろな形で部下に伝わるからだ。最終的には人間関係なので、相手を思う気持ちがあるかぎり、部下が応えてくれる可能性を高める。

 部下の成長は、部下自身にとってはもちろん、上司にとっても価値がある。成長が大きいほど、上司も仕事の質が高まるからだ。また、部下の成長を手助けすると、部下との人間関係も良くなる。
 部下の能力を最大限に引き出すためには、その時点で持っている能力を活用するだけでは不十分。ヤル気のない部下をヤル気にさせたり、部下の能力を継続的に高めてこそ、最大限に引き出したといえる。そのためには、部下に対する思いと、科学的なマネジメントの両方が必要なことを、忘れないでほしい。

(1999年12月19日)


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