川村渇真の「知性の泉」

部下のスキルアップを一緒に設計する


決められた流れでスキルアップを実現する

 チームによる仕事の成果は、構成するメンバーの能力が大きく影響する。少しでも成果を高めるためには、メンバーのスキルアップが欠かせない。そして限られた期間で能力を高めたいなら、勝手にスキルアップさせるよりも、上司が部下を適切に導くほうが効果的だ。
 部下のスキルアップは、部下自身が最終的に決めるべきことである。その意味で、上司ができるのは、適切な助言をすることと、現場で試す機会を与えることぐらいしかない。しかし、この両方とも重要なので、上司の役割は大きい。最終的には部下が納得する必要があるため、上司と部下が一緒に話し合って決めることになる。
 科学的なマネジメント方法なので、部下のスキルアップも決められた手順で実施する。基本的な流れは、以下のとおりだ。

部下のスキルアップの作業手順
1. 目標確認:近い将来になりたい職種を明らかにする
2. 項目列挙:その職種に必要な能力項目を洗い出す
3. レベル確認:能力ごとの現状レベルを明らかにする
4. 項目選択:向上させるべき能力項目を選ぶ
5. 日程計画:選んだ能力の習得日程を計画する
(以下の6〜9は、個々の能力項目ごとに実施する)
6. 教材選択:能力の学習に必要な教材を決める
7. 教材学習:教材を用いて勉強する
8. 現場実施:勉強した内容を実際の現場で試す
9. 終了評価:習得度を冷静に評価し、対処を本人に助言する

 この流れに沿って、部下のスキルアップを実施する。ほとんどの工程で、上司と部下が相談して決めていく。部下が自分で実施する工程では、上司が見守る形になる。続けて、より細かな内容を順番に解説しよう。

工程1:将来の目標を定める

 どんな能力を向上すべきかは、将来何になりたいかに大きく関係する。その意味で、将来の姿を最初に検討しなければならない。具体的には、どのような仕事をやりたいのかや、どんな職種になりたいのかを明確にする。あまりに遠すぎる将来を考えても仕方がないので、3年後とか5年後ぐらいが適切だろう。部下の本心を引き出すように、上司が相談を受ける形で話をする。ここで決めた職種が、スキルアップの出発点となる。

工程2:必要な能力を洗い出す

 将来の目標が決まったら、それに必要な能力を洗い出す。その職種で一人前と見なされるには、どんな能力が必要かを考える。能力を満たすために、知識が必要なこともある。知識のうちで量が多いものは、1つの能力として別な項目に分ける。なお、知識に関してだが、知っているだけではダメで、理解していることが重要な場合が多い。
 必要な能力の洗い出しでは、いかに広い視野で考えるかが重要だ。視野が狭いと、本当に重要なスキルを見逃す可能性がある。たとえば、一人前のプログラマーを目標とするとき、オブジェクト指向プログラミング言語、開発ツールの使い方、デバッグ方法などが項目として挙げられる。しかし、これは狭い視野での能力だ。もっと広い視野で考えると、デザインパターンなどの上手な設計方法、変更が容易な柔軟性の高いプログラミング手法、プロとして恥ずかしくないコーディング方法、きちんとテストしてバグを発見する方法などが、重要な項目として洗い出せる。
 このように広い視野で項目を挙げるためには、挙げる人の能力が求められる。だからこそ、部下が自分だけで考えるのではなく、経験豊富な上司が助言するわけだ。その意味で、視野の狭い上司だと、適切な能力を見逃す可能性が高い。誰に挙げてもらうかが、この方法のもっとも重要な点の1つである。

工程3:能力ごとの現状レベルを明らかにする

 挙げた能力の項目ごとに、部下の現状レベルを明らかにする。そのためには、レベルを規定する物差しが必要だ。どんな分野にも適用できるものとして、以下のような物差しをお勧めする。もちろん、自分でアレンジしたり、独自のレベル分けを採用しても構わない。大切なのは、能力レベルが把握できることだ。

項目ごとの能力レベル
・素人 :何をすればよいのかほとんど知らない
・初心者:詳しい人に補助してもらえればできる
・中級者:一般的なことなら一人でできる(仕事を任せられる)
・上級者:難しい内容でも何とかこなせる

 このままだと4段階しかないので、各段階の間に中間レベルを入れ、全部で7段階として用いる。挙げた能力項目ごとに、部下の現状のレベルを当てはめていく。この方法により、どんな能力が不足しているのか、明らかになるはずだ。

工程4:向上させるべき能力項目を選ぶ

 現状レベルが明らかになると、不足する能力が見えてくる。不足する能力項目の中から、1年ぐらいの期間に習得できそうなものを選ぶ。このとき、個々の項目ごとで習得に必要な期間を考慮する。難易度によって異なるが、3ヶ月単位で習得するとすれば基本的に4つ、他に簡単な項目を2つぐらい加える。
 多くの項目で能力が不足している場合には、その中から何個かを厳選しなければならない。その際には、仕事で必要な能力と、一般的に重要度の高い能力を優先する。この2つでは、仕事で必要な能力のほうを先に習得する。
 能力項目の選択では、能力レベルも考慮する必要がある。基本方針として、欠点克服型か利点拡大型の2つがある。通常は欠点克服型を選び、弱い能力を強くするように項目を選ぶ。それがある程度まで達したら、利点拡大型で得意な能力を思いっきり伸ばす。余談だが、それ以降では、もっと違う分野の能力を伸ばしたほうがよい(この手法の最初の目標設定からやり直して検討すべき)。
 このように、能力項目ごとで目指す能力レベルを設定する。最初から高いレベルを目指すと大変なので、現状の次のレベルに設定するのが現実的だ。もし短期間で何段階かのレベル向上を目指すなら、複数に分けて別な項目として扱い、段階的に習得する。

工程5:選んだ能力の習得日程を計画する

 能力項目を選び終わったら、習得の順序を決める。実際の仕事と関係することが多いので、仕事で使えそうな能力を優先する。もう1つ、ある能力が別な能力の習得に必要だという、能力間の関係も考慮しなければならない。矛盾する順序にならないように、先に習得すべき能力を前に持ってくる。
 順序が決まれば、実際の習得日程を計画する。あまり無理な日程だと挫折しやすいので、少しゆったりした日程が望ましい。また、本来の仕事の忙しさに大きく影響されるので、それも考慮して日程を組まなければならない。
 以上のことを総合的に考えて、習得すべき能力ごとに開始日と終了日を設定する。この2つの日付は最低限の日程で、もっと細かく設定したほうがよい。たとえば、教材を探す、教材で勉強する、簡単なサンプルを作る、実際の仕事で試すといった数個の細かな工程に分け、それぞれに終了日を設定する方法だ。ただし、細かな日程に関しては、上司が口を出さず、部下に自分で決めさせたほうがよい。上司が助言して良いのは、細かな工程として何があるのか、個々の工程の実施にどれだけの時間がかかるかを知らせることぐらいだ。それを参考にして、部下が細かな日程を決めるのが基本だ。
 習得する能力の中には、実際の仕事で試す機会を上司が用意できるものもある。本格的な仕事を任せるのは無理なので、簡単な仕事を試させるとか、実際の作業を見学させるとか、できるだけ配慮したい。習得日程に合わせて、そんな機会を提供する。実際に試す機会があると知れば、より真剣に勉強するだろう。その意味でも、試す機会の日程を明確に決めて、できるだけ早目に部下に知らせなければならない。

工程6:能力の学習に必要な教材を決める

 これ以降の工程は、習得すべき能力項目ごとに実施する内容となる。まずは、学習に必要な教材の選び方だ。
 教材としては、メーカーなどから提供される教育用資料、講習会で配布された資料、単行本、雑誌の記事、自分たちが作成した設計書などを利用する。体系的に学ぶことが重要なので、教育用資料や単行本をできるだけ利用したい。
 能力をきちんと身に付けたいなら、教材の善し悪しは非常に重要である。残念なことに、単行本の中には内容の悪いものが結構ある。そのため、対象となる能力を既に習得している上司が、良い思う教材を選んだほうがよい。部下と教材との相性もあるので、複数の教材を提示して、その中から選ばせるのが現実的だろう。候補として挙げる教材としては、末端である表面上の細部を中心に説明したものと、体系的な説明を重視したものの両方を含める。もし前者を選んだ場合には、学習の最後の段階で、体系的な部分を上司が補足する必要がある。

例外:教材がない場合の方法

 習得すべき能力によっては、適切な教材が世の中に存在しないこともある。これが一番大変な状況だ。上司が教材を作れればよいが、そんな時間はないし無駄でもある。その代わりとして、マンツーマンの指導しかない。
 できるだけ手間のかからないように、要点だけ最初に説明し、課題を与えて何かを作らせたりまとめさせたりする。たとえば、テスト技術の習得なら、テストに求められる条件を上司が説明し、その後で簡単なテストシステムの概要を作らせる。その結果を見て、ダメな点を指摘し、改良すべき方法を教える。このような作業を繰り返せば、何とか教えられる。
 この方法の欠点は、手間がかかることだ。仕事以外に手間を増やすのは非効率的なので、ある程度の基礎を教えたら、すぐに実際の仕事に参加させるのが現実的な方法だろう。メンバーの一人として参加すれば、分からない点を質問できるし、実際の試して悪い点を指摘してもらえる。
 この種の方法で大切なのは、どんな作業でも、そうする理由をきちんと説明すること。局所的には無駄と思える作業も、全体から見れば効率面で役立っていることも結構ある。存在理由をきちんと知れば、対象となる内容を体系的に習得できるはずだ。

工程7:教材を用いて勉強する

 教材が決まったら、部下はそれを読んで勉強する。通勤時間のように、余っている時間を利用するのが効率的だろう。もし順調に進んでいれば、激励するぐらいしか上司のやることはない。
 しかし実際には、知らない分野の勉強だと、教材を読んでいて疑問が生じるのが普通だ。その疑問を解消しなければ、なかなか先に進まず、学習の効率が低下する。疑問が生じた時点で、すぐに質問して回答を得ることが大切である。多少面倒でも、上司が質問に答えてやろう。
 ただし、何でもすぐに教えると、部下に自分で調べない癖が付く。調べて答えが得られそうな疑問かどうかを判断し、難しい問題にだけ回答すべきだ。そうでない疑問に関しては、まず自分で調べるように指導し、それでもダメなときにだけ教える。調べるのに役立つヒントを与えるのも良い方法だろう。

工程8:勉強した内容を実際の現場で試す

 教材を読み終わったら、どの程度まで理解しているのか、上司が簡単に質問して調べる。この段階では、ある程度の理解で構わない。実際に試したときに分かることも結構あるからだ。そこそこの理解度であれば、教材の学習が終わったと判断する。
 今度はいよいよ、実際の現場で学習したことを試させる。最初は、簡単なことをやらせてみて、適性を判断する。もし適性が高いと分かれば、通常のメンバーの一人として参加させる。逆に適性が低いときは、見習い的な扱いで参加させ、丁寧に教えながら習得を手助けする。
 どちらの場合でも、仕事の結果をきちんと検査しなければならない。悪い点を指摘し、正しくできるような助言を与える。検査の時期は、仕事を終える段階だけでなく、途中に何回か入れる。部下の適性が低いほど、検査の回数を増やすのが一般的だ。
 状況によっては、上司以外の人の下で試さなければならないこともある。そのときは、現場の上司に詳しく説明して、教育面をできるだけ配慮してもらう。現場の上司と部下の両方に、定期的に連絡を取ることも大切だ。

例外:学習と実地を一緒に進める場合

 習得の対象となる能力の分野によっては、学習しながら実際に試した方が効率的な場合もある。その種の教育では、実地の前に、体系的な全体像を説明しなければならない。それを理解させてから、実地へと移る。
 実際の仕事の各場面では、簡単に説明しながら仕事をさせる。その説明では、最初に提示した体系上のどこに位置するのかを示すことが重要だ。それにより、各作業の意味を理解しやすいし、習得内容を総合的に把握できるようになる。
 もう1つ、個々の作業のやり方だけでなく、作業が必要な理由も説明しなければならない。その理由が分かることで、真剣にやろうとするし、自分なりの改良も可能だからだ。

工程9:習得度を冷静に評価し、対処を本人に助言する

 以上のような流れで作業を行うと、能力の習得が1サイクル終わる。そのまま済ませるのではなく、部下の習得度を上司が把握し、今後に役立つ助言をしなければならない。
 まず最初は、部下の行動や成果をできるだけ冷静に見て、習得度を評価する。検討すべき代表的な項目は、以下のとおりだ。

習得度の評価項目
・その能力に対して適性があるか
・どの程度の能力レベルまで達したか
・どんな点が不足しているか
・作成物の仕上り具合はどうか

 部下に適性があるかどうかは、今後の進む道を決める上で重要なので、必ず評価に加える。能力レベルは、前述のレベル分けに対応させて決める。総合的なレベルだけを見るのではなく、その中で不足している点を明らかにしなければならない。作成物の仕上り具合を見るのは、より直接的な助言をするためである。作成物には、欠点が明確に出やすいからだ。
 このような評価が終わったら、その結果と今後の方針を部下に伝える。内容としては前述の通りで、できるだけ整理した形で説明する。ただし、部下に伝える際には、欠点を強く見せるのではなく、これまでの努力をたたえるようにしたい。本人のヤル気を失わせないことの方が重要だからだ。真面目に習得してたなら、誉めるべき点はいくらでも見付かる。また、その習得によって能力が向上したことも、強調しておきたい。その上で、次の課題として改善すべき点を説明すれば、前向きな気持ちで改善に取り組むだろう。
 もっとも問題なのは、適性が極端に低い場合だ。部下の将来を考えたら、別な道へ進むことも検討しなければならない。できるだけ早目に機会を作って、率直に話し合ったほうがよい。

補足:進み具合に応じて日程計画を修正する

 最初に計画した習得日程どおりに、学習が進まない場合もある。途中から仕事が忙しくなったとか、予想したよりも難しかったとか、プライベートなことが忙しかったとか、途中でヤル気が低下したとか、いろいろな理由でそうなる。
 まず重要なのは、遅れても怒らないこと。スキルアップなので、自主的にやるべきことであり、途中で気力が低下して文句は言えない。本人と相談して、新しい日程に変更する。部下には笑顔で対応して、率直な気持ちを語ってもらおう。ヤル気が低下している場合は、ゆったりした日程に変えるとか、一定期間だけ停止するといった対応が必要だ。日程を変更した後で、再び遅れることもある。何度も続けて遅れるようだと、計画を中止したほうがよい。
 可能性は低いが、選んだ教材が適さないとか、選んだ能力項目が悪い場合も考えられる。そんな様子が見られるなら、別な教材に切り替えるとか、別な能力項目に変えてみるといった対処を試してみよう。それでもダメなら、中止するしかない。
 以上の話とは逆に、日程よりも早く進むケースもある。部下本人が急いで習得したいと言い出したら、無理のない範囲内で日程を繰り上げる。無理をすると体調の悪化などが起こりやすいので、無理のない日程を確保したい。その上で、縮めた日程で問題が出ないかどうか、少し細かく状況を観察する。上司から見て無理のしすぎと感じたときは、強制的にでも日程を元に戻すべきだ。

必要な能力が漏れなく効率的に習得できる方法

 以上の説明で分かったと思うが、ここで紹介したのは、部下のスキルアップを効率的に手助けする手法である。ポイントは、必要な能力を知らせ、適切な順番で計画的に習得させ、実地体験を含めて上手にフォローする点だ。その結果、習得する部下から見た場合、次のようなメリットがある。

ここで紹介した方法の、部下から見たメリット
・目標の職種に必要な能力を理解できる
・必要な能力に優先順位を付けて習得できる
・適切な教材を見付けてもらえる
・分からない箇所を気軽に教えてもらえる
・実際に試す機会が得られる
・最後に評価を受け、今後の課題を知れる

 このような方法でスキルアップすれば、独学で勉強するよりも効率的にスキルを向上できる。また、本当に大切な能力を習得し忘れることも防げるし、たいていは視野も広がる。自分の将来像が見えることで、学習意欲が増す効果も大きい。当然、良い結果が得られやすい。

了解した部下だけに適用すべき

 このようにメリットの大きな方法だが、部下の全員に適用できるわけではない。基本的には、部下本人がスキルアップしようと思っていない限り、上司側の空回りで終わる。現在の仕事が希望とは異なり、報酬をもらうために仕方なくやっている人もいる。そんな人には利用できるはずがない。あくまで、主役は部下本人なのだ。
 この方法を利用し始めるときは、部下全員に対して、まず方法の中身を簡単に説明する。部下の中から希望者を募り、希望した人だけに試してみよう。最初のうちは、もっと軽く適用できるようにアレンジしたほうがよいだろう。たとえば、試しに1つの能力項目だけを選び、少し長めの日程を組むとかだ。それが成功したら、半年とか1年の日程を計画すればよい。
 あと、勉強のために使う時間帯だが、教材の学習は勤務時間外、実際に試すのは勤務時間内が基本だと考える。もちろん、余裕がある組織なら、教材の学習も勤務時間内に入れて構わない。この辺の考え方は、組織ごとに決めるべき部分だ。

 ここで紹介した方法は、上司の視野の広さが重要となる。スキルアップの手助けの質を上げるためにも、上司となる人は、自分のスキルを向上するとともに、視野も広げておこう。少なくとも「レベルの低い上司なので、ヤル気がなくなった」と部下に言われないように。

(1999年6月23日)


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