川村渇真の「知性の泉」

マネジメント能力の不足で多くの仕事が失敗する


失敗の原因には、仕事の進め方の下手さがかなり多い

 世の中の多くの仕事は、なぜか期待したとおりには進まない。最悪の場合は、まったく完成しなかったり、とんでもなく品質が悪くて使いものにならないなど、どうしようもない結果で終わる。そこまで行かなくても、予定より遅れたり、期待した品質を確保できなかったり、予算をオーバーしたりする。納期や品質を守れて失敗に見えなくても、最後の段階で関係者があたふたするケースもかなりある。こうなる原因は何だろうか。
 真っ先に思い付くのは、知識や技術などに代表される、必要な専門能力を備えていなかった点だ。確かに、こういった原因で失敗することもあるだろう。しかし、ひととおりの技術を持っているにもにもかかわらず(より正確には、技術を持っている人がいたにもかかわらず)、失敗することが意外に多い。大失敗にはならないものの、スケジュールの遅延や品質低下が生じてしまう。いったい何が原因なのだろうか。
 もし技術力を持っていなくても、どこからか持ってくることができる。持った人を引き込んだり、持っている人に教えてもらう方法で。上手に進めれば、技術力の不足は何とか補えるし、そうやって成功している人もいる。対処できるため、技術力のなさが根本的な原因ではなさそうだ。
 もっと上位から眺める意味で、仕事全体の進め方を考えてみよう。技術力が不足していると判断したり、それを外部から調達するのも、仕事の進め方に含まれる。そのやり方が下手だから、技術力がないために失敗するわけだ。他の直接的な原因も同じで、全体の進め方が悪いから、原因の影響が結果に強く出てしまう。逆に、仕事の進め方が良いと、直接的な原因を上手に対処できて、大きな失敗につながらない。

仕事の進め方はマネジメント技術で向上させる

 では、仕事の進め方を良くするには何が必要だろうか。もっとも重要なのが、マネジメント能力である。ただし、部下や取引先を漠然と扱うようでは、マネジメント能力があると言えない。マネジメント技術と呼べるような、もっと論理的で科学的な内容でないと、実際の仕事には役立たない。
 マネジメント技術の基本的な考え方は、非常に簡単である。対象となる仕事の完成に必要な要素を細かく分解し、成功するように手を打つこと。要素ごとに、重要度、実行順序、必要時間、必要スキルなどを明らかにし、仕事全体を実施可能な形に分解する。現状で不足している分があれば、補う方法を検討して実施すればよい。実際に行う段階では、分解した要素ごとに実施結果と比較し、予定どおりでない部分に何らかの処置を加える。
 これだけだと抽象的なので、もう少し細かな話を1つしよう。どんな仕事にでも、途中の段階で決めなければならない大切なことがある。それが決まらないと次の作業に進めないため、必要な時期に確定するのが必須だ。もし決める能力を自分が持ってないなら、決められる人を見付けて頼む。決めた内容の品質が重要なら、レビューを別な人に依頼する必要もある。こうして決定した内容は、誤解を生じない形式で記述して残す。
 しかし、こうした点を強く意識して仕事を進めている管理職は少ない。失敗した仕事の多くは、どの時点で何を決めないとダメなのか、考えずに行動している。いつまで経っても決めないため、どんどんと予定は遅れるし、いつ終わるのか見当が付かない。こんなやり方では、マネジメントしているとは言えない。
 マネジメント技術とは、仕事全体を細かく把握して、成功に導くための管理技術である。問題が起こりそうな点を発見し、必要な対処を実施する方法も含まれる。また、個々の作業をメンバーに割り当てたり、予定どおり進んでいるのか検査する方法もある。
 もう少し広く考えると、部下のスキルアップも対象となる。個々の仕事全体ではなく、部門またはチームとしての長期的な仕事を考慮し、必要なスキルを洗い出して、部下に身に付けされる。部門またはチーム全体の能力に関係するため、管理職の重要な仕事となる。
 マネジメント技術でもう1つ大切なのは、管理作業に時間をかけない点だ。作業の洗い出しや実施結果の確認など、できるだけ素早く終わらせる。そうして本来の作業に集中しないと、余計な作業に時間を費やすことになる。その意味で、マネジメント作業が素早くできなければ、本当に身に付けたとは言えない。

マネジメント技術に従って運営ルールも決める

 マネジメント技術で重要なのは、プロジェクトや部門の管理だけではない。組織全体の運営ルールも改善しないと、仕事の効率や質が向上しない。
 その理由として、経営者を含めた上級管理職の行動を見てみよう。組織内での立場が上になるほど、部下を自由に使える権力が持てる。そうなると、直属ではない特定の部下に何かを調べさせたり、小さな仕事を依頼したりする。部下が動いてくれるので、ついつい気軽に依頼してしまいがちだ。その結果、依頼の中には、非常に重要な作業もあるが、そうでない作業も含まれる。
 依頼された部下は本来の仕事を持っているが、依頼主である管理職がそれを把握しているとは限らない。依頼された作業が重要でない場合でも、本来の重要な作業を後回しにして、重要でない作業を優先してしまう。何しろ、上級管理職から直接依頼された仕事だからだ。その部下の直接の上司を通したとしても、優先度が高く設定されて先にやることが多い。
 このような状況は、何が悪いのであろうか。依頼する管理職の側は、自分の仕事しか見ていない。依頼された部下がどんな仕事を持っているのか考えないまま依頼しているのである。また、どれだけ重要なのかを伝えてもいないし、その作業に何時間かかるのかも確認していない。全体としてみれば、まったくコントロールされていない状況である。こうなると、いろいろな人が混乱し、本来の優先度に従って作業を進められない。
 こういった状況を改善するには、何らかの運営ルールが必要である。依頼する管理職の側では、相手の状況を知ることが求められる。また、何時間かかるのか先に確認し、本当にやる価値があるのかや、どれだけ急ぐかを判断しなければならない。加えて、依頼した作業に関しては、依頼主ごとに金額を求め、コストを正確に把握する。こうした運営ルールがあれば、思い付きだけの依頼が減り、本来の仕事を邪魔する要因が小さくできる。
 マネジメント技術を広く捉えるなら、こういった運営ルールも対象となる。ただし、運営ルールを決めただけでは、実際の現場で成功しない。経営者も含めた管理職が、マネジメント技術を身に付けている必要もある。

有名企業の管理職でも身に付けていない人が多い

 これだけ重要なマネジメント技術だが、有名企業の管理職であっても身に付けていない人が多い。管理職どころか、経営者ですら身に付けていなかったりする。その結果、小さな失敗は非常に多いし、その中の一部が大きな失敗に発展する。
 では、マネジメント能力を身に付けた人は、どれぐらいいるのであろうか。以前は、企業などの管理職以上(経営者も含む)に限ると、少なくても10%ぐらいはいると考えていた。しかし最近では、1%程度ではないかと思っている。
 こんなに少ないと思うようになったのは、大企業数社での経験と、友人からの情報である。有名な大企業の管理職と仕事をする機会は意外に多い。その多くは、大切な事柄を必要な時期に決定する意識すら持っていない。そんな状況を何度も目にすると、どうしても1%ぐらいしかいないのではと思ってしまう。悲しいが、それが現状のようだ。
 このような状況になった理由は、非常に簡単だ。マネジメント技術を誰も教えてくれないため、身に付ける機会がないからである。大学を含めた学校はもちろん、企業の社内教育でも真剣には扱っていない。管理職向けの教育は実施しているが、マネジメント技術は対象となっていないようだ。
 1%程度の持っている人でも、自分の能力と経験から何とか身に付けたので、最低限のマネジメント技術しか持っていない。誰も教えてくれない状況でも身に付けられたのだから、本来なら非常に優秀なはずである。しかし、身に付けたマネジメント技術が十分でないため、その能力を最大限には高めていない。もし全部を身に付けたら相当に良い結果を出すと推測できるので、大きく損している状況といえる。

マネジメント技術の習得が組織の能力を向上させる

 マネジメント技術を持っていない組織では、経営者がイライラしながら部下を見ている。どんな仕事でも遅すぎると感じ、期待した質や時期には仕上がらない。その結果、もっと注文を付けるが、それが遅れを増してしまう。まさに悪循環だ。経営者自信にも原因があるものの、それに気付くことはない。
 マネジメント技術を持っていないのは、マネジメント能力が低いことを意味する。だからこそ、仕事の質や効率が低下する。当然、問題が解決できなかったり、本当の問題に気付かなかったりする。組織が大規模なほど、悪い場合の影響も大きいので、必要度は高い。
 以上のような状況を改善するためには、管理職以上の全員にマネジメント技術を習得させるのが一番だ。もちろん、対象には経営者自身も含まれる。今さら遅いということは絶対になく、すぐにでも教育を実施すべきである。
 大企業の管理職のほとんどが身に付けてないということは、中小企業にとって大きなチャンスである。経営者も含めた管理職の全員が身に付けたら、仕事の質がかなり向上するし、部下のスキルアップも進む。全体としては、競争力のかなり高い組織が作れる。
 ただし、管理職の全員にマネジメント技術を習得させることは、そう簡単ではない。一気には身に付けられないので、段階的に習得するしかないだろう。教えてくれる人を見付け、最初はごく一部の管理職が勉強する。その成果を確認しながら、管理職全員へと広げる。全員がある程度まで習得できたら、運営ルールの改善に進む。それとともに、社員全員のスキルアップ設計も並行して進める。これらの作業を成功させるのは、結構大変である。しかし、得られる効果を考えると、やる価値は非常に大きい。

(2000年4月6日)


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