川村渇真の「知性の泉」

「あのとき言いましたよね」を繰り返すのはダメ


突っ込まれると防御発言を繰り返す

 あるシステムの開発を外注先に依頼した担当者が、開発側の営業と打合せする場に同席した。最初の開発は終了していて、継続の開発内容を検討するという。一緒に話を聞いて、今後の改良を助言するための同席だ。
 いろいろと話をする中で、開発したシステムに用いたツールや実現方法の話になった。採用したツールや実現方法を選んだ理由を尋ねると、必ず「あとのき言いましたよね」という表現が返ってくる。そう発言したのは開発側の営業で、依頼主である担当者に向かってだ。あまり何度も繰り返すので、正直言って驚いた。
 営業の話によると、開発する前にいくつか質問をし、その回答を参考にする形で、ツールや実現方法を選択したのだという。そのため「あとのきは〜だと言ってましたよね。だから〜を採用したんですけど」とか、「〜と質問しましたよね。あの回答で〜にしたんです」との答えが返ってくる。このように表現するのは、自分たちの側に責任はないと強調するためだろう。似たような場面は、今まで数多く見ている。またか、という気分で聞いていた。
 表面的には、本当に質問したかや言ったかが大切だろう。しかし、それ以上に大切なのは、言った内容に対して、相手が理解していたかどうかだ。システム開発のように専門知識を必要とする分野では、説明されたことを依頼主が理解するのは難しい。そのため、相手に理解してもらうおうと、努力して説明や質問する必要がある。それを怠ると、「あとのき言いましたよね」と言い続けなければならない状況に陥る。
 こんな言葉を連発する側には、共通した特徴がある。自分がやった内容に関して、あまり自信がないのだ。そのため、過度に防衛しようとする。事前に確認を求めた点を強調するための発言といえるだろう。本人は必死なのだが、外部からは言い訳がましく見える。また、こんな発言を繰り返すと、信用できなく感じてしまう。もちろん、言ってる本人はそのことに気付いていない。
 悪く見える最大の理由は、詳しくない人に対して「あとのき言いましたよね」と述べる点だ。理解してもらおうと努力したように見えないし、相手が詳しくないのをいいことに、好き勝手に振る舞っていると感じてしまう。同業者から見て、誉められた行為ではない。

提示した結論の検討過程を残さないのがダメ

 「あとのき言いましたよね」を繰り返す人には、別な特徴もある。得られた結論が導き出された過程を、後で分かる形で残さない点だ。証拠を残したくないという気持ちがあるからかもしれないが、これこそダメな仕事の典型である。
 システム開発以外でも、重要な内容を決定したら、決定に至るまでの検討過程を記録することが大切だ。どんな点を考慮したのか、判断材料として何を調べたのか、どのような代替案と比較したのかなど、意思決定に関わる要素を資料として残す。外から依頼された仕事の場合は、作成して依頼主に渡さなければならない。
 設計や意思決定とは、かなり論理的な行為である。得られた材料を検討しながら、何段階かの工程を経て、最良の結論や解を求める。その過程を記録に残せば、決定したことが正しかったか、後から見て評価できる。また、開発側が質問で得た内容が間違っていたとき、依頼主は渡された書類を見て発見できる。それによって、勘違いのために設計ミスする可能性が減る。非常に重要な作業である。
 作成する書類では、設計や意思決定が適切だったか後で判断できるように記録するのが目的なので、全体を論理的に書かなければならない。最初の要望や検討材料から始まり、結論に求められる条件を規定し、複数の候補を挙げて評価して、最後の結論を紹介する流れである。検討過程を再現する形にまとめる。
 依頼主が理解できない内容であっても、理解してもらうように工夫して書けば、ある程度は伝わるものだ。全部の内容を分かってもらうのが難しくても、設計や意思決定に大きく影響する内容だけは、相手が確認できる形で書く。前提条件となる調査結果が正しいかや、実現すべき機能の種類と重要度が間違っていないか、といった内容に関してだ。普通の言葉で表現すれば、意味がかなり伝わるだろう。こうするだけでも、設計ミスが防げる。
 このような記録を残さないのは、プロとして失格だ。レベルの高い仕事を目指すなら、自分のやったことを資料として残し、別な人が評価できる状態にするべきである。検討内容を評価されるかもしれないことで、設計する側に緊張感が生まれ、真剣に仕事を進めるし、実力も高まる。

重要な検討内容は外注でも提出させる

 システム開発のように外注先を使う場合は、重要な検討内容だけでも書類に書いてもらったほうがよい。依頼する最初の時点で明示し、契約の中に含めてしまう。
 相手への言い方としては、「結論に達するまでの検討過程を整理して書類にまとめ、提出していただけませんか」という感じで依頼する。もし相手が嫌がって関係が悪化する心配があるなら、「上司を説得するのに必要ですから」と言えばよい。この表現なら、断るのが難しいはずだ。これでも拒む相手は信用できないので、取り引きしないほうが安全だろう。その意味で、検討内容の提出は、悪い外注先を取り除くフィルターの効果もある。
 どのような形で書いてもらうかも大切だ。相手が書き慣れていないなら、基本的な項目を示すと良いだろう。概要設計の場合には、以下のような項目を含める。

概要設計で記録すべき項目例
・依頼主からの要望
・検討に用いた材料(要望以外の考慮点)
・結論が満たすべき条件
・現実的な結論の候補
・候補の評価基準
・候補ごとの評価結果
・選んだ結論と総評

 見て分かるように、検討の過程が検査できるような項目に分割している。依頼主からの要望も独立させ、依頼する側が確認できる形にする。要望以外の考慮すべき点は、検討に用いた材料に入れる。その両方を検討した結果として、結論が満たすべき条件に仕上げる。あとは、結論として採用すべき候補を複数挙げ、評価基準を設定して、全候補を評価する。その結果から最終的な結論を決め、総評を加えればよい。全体としては検討の流れに沿った書き方で、だからこそ後で評価に使える。
 依頼主から出された要望が、すべて満たせるわけではない。現実的な結論の候補ごとに、満たされない部分を明らかに示す。また、候補ごとの良い点だけでなく、欠点を記述することも大切だ。たいていの課題では、何かを優先すると別な何かを捨てなければならないことが多い。何が犠牲になるのかも、候補ごとに明確にしておく。最後の総評の部分では、選んだ結論に関して、満たされなかった要望や犠牲になった性能などを解説する。こうした記述により、結論の欠点もきちんと伝えられる。
 設計の概要を説明する書類は、いろいろな形で利用できる。他の専門家に見せれば、外注の実力を判断する材料として役立つ。検討した内容の質が、明確に分かるからだ。また、後で問題が生じたとき、どこに原因があったのか調べられる。最初の検討で間違っていた場合には、重要な証拠となる。もちろん、それを最初に発見できるような体制を整えることが大切だ。
 外注先を選ぶ際にも、検討書類を書かせる方法が効果的だ。ただし、検討する段階である程度の作業が発生するので、ほどほどの金額を払うことも忘れてはならない。これはと思う少数の外注候補を選び、最初に検討作業だけの金額を提示して、参加するかどうかを尋ねる。それで検討を進め、提出された資料を評価して、開発してもらう外注先を選ぶ。採用しなかった外注候補の検討分だけ余分に費用がかかるものの、単純に見積もった内容だけで選択するよりは、メリットのほうが大きい。相手の実力が調べられるし、より深い提案内容を見て選べるからだ。
 出された資料を見ても、自分で評価できない場合は、その部分だけ外部のコンサルタントを利用する。実力があって良心的なコンサルタントを見付けておくのも、これからの企業にとっては必要だろう。ただし、世の中には悪いコンサルタントが多くて、良いコンサルタントは非常に少ないので、だまされないように注意しよう。現実には、こちらを見付けるほうが難しいかも知れない。

 ここまでの話では、何かの設計を例にして説明した。しかし、設計以外の作業でも、同じように検討内容を残すのは大切だ。別な人が評価できるように、検討過程を再現するのに必要な項目と並び順を求めてみる。くれぐれも「あとのき言いましたよね」を繰り返すような仕事はしないように。

(1999年12月24日)


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