川村渇真の「知性の泉」

ユーザビリティ向上効果の限界を理解する


ウェブサイトを中心としたユーザビリティ向上が話題に

 最近は、ユーザビリティという言葉を耳にする機会が増えた。とくに話題となっているのは、ウェブサイトのユーザビリティ向上である。使いやすさと分かりやすさなどが良くなるように、どんな点が悪いのか、どのように変えたら良くなるかなどを検討する。
 ウェブサイトのユーザビリティ向上をテーマにした、何冊かの単行本まで出版された。どのようにすれば良くなるのか、ルールの形で提示している。また、ユーザビリティを専門とする企業も複数登場し、ウェブサイトのユーザビリティを評価するとか、ユーザビリティの良いサイトを構築するといったビジネスを行っている。
 もちろん、ユーザビリティの重視をウリにしている企業というのは、まだまだ少数派である。サイトを構築する企業の多くは、ユーザビリティの良さよりも、派手でインパクトのあるサイトを目指しているようだ。今のところは、ユーザビリティの良さを気にする人が、少しずつ増えている状況といえる。
 ユーザビリティの向上自体は、非常に良いことである。使いやすくて分かりやすいサイトが増えれば、アクセスしていてイライラする機会が減るし、見たい情報へたどり着く時間が短くなり、調査などがより効率的に済ませられる。
 ところが、ユーザビリティ向上の効果に関しては、少し間違った認識がされているのではないかと感じている。おそらく、単行本を書いた人や、ユーザビリティをビジネスに利用している人が、宣伝目的で大げさに表現しているためであろう。その結果として、実質的な効果よりも、大きな効果があると信じられてしまったようだ。
 そこで、そうした誤解を明らかにするとともに、サイトを良くするための考え方を簡単に解説する。

ユーザビリティ向上より提供機能の向上が重要

 ユーザビリティを向上させる視点として、主に次のようなことが挙げられる。もっとも単純なのは、各ページの情報の並びや操作性の向上で、細かな使い勝手を改善できる。より大きな視点としては、サイト全体での情報を整理して提供するとともに、ページ移動の機能を上手に構成することで、使いやすさや分かりやすさを改善させる。
 これらは、ユーザビリティを向上させるために必要な視点だが、それだけでサイトが良くなるわけではない。必要な機能や情報が漏れていたら、ユーザビリティをどんなに改善しても、良いサイトにはならない。ユーザビリティの向上よりは、サイトが提供する機能や情報の向上の方が、大きな効果がある。
 余談だが、現在のコンピュータの使いやすさにも、似たような特徴がある。現段階で使いにくいと感じる主な原因は、ファイルとアプリケーションという仕組みなので、これを直さない限り、ユーザーインタフェースをどんなに改良しても、使いやすさが劇的に向上することはない。現状のコンピュータを見て分かるように、使い勝手をなかなか改善できないでいる。この点こそ、ユーザビリティ向上だけ考えたときの限界なのだ。
 話をもとに戻そう。では、提供する機能や情報の良し悪しは、どうやって判断するのだろうか。それは、サイトの目的から求める。最初にサイト目的を規定し、その目的をもっとも達成するように、機能や情報を提供するのが、サイト設計の一番重要な作業だ。企業のサイトなら、売上げ高の増加、サポート費用の低減など、何らかの利益や効果を期待するのが目的となる。その効果が一番大きくなるように、サイトの機能や情報を設計するわけだ。
 実際の設計では、対象となる顧客層の特徴を割り出し、その人たちが何を求めているのか、どのような機能や情報なら喜ぶのかを考える。また、サイトへアクセスしたときの訪問目的ごとに、どんな機能や情報を求めるのかを洗い出し、訪問目的ごとに機能や情報を設計する。このように、段階的に設計を進めることで、サイト目的に適した機能や情報が設計できる。
 実際の設計作業では、もっと深く掘り下げながら、かなり細かな内容まで検討する(長くなるので省略)。また、検討した内容を全体的に見れるように、上手に整理して書類にまとめる。その書類を見ながらレビューし、矛盾や漏れを探しながら、さらなる改良を何度か試みるわけだ。このように整理した書類を作ることで、サイト目的と提供機能の整合性を調べられ、参加者全員によるレビューが可能になる。場合によっては、サイト目的が複数あるとか、より複雑な条件になることもあるが、同様の書類を作成して設計する。
 このような設計方法は、ユーザビリティの向上にも役立つ。重要な機能や情報が得られれば、サイトのメニューや見出しに反映されるし、アクセスする人の訪問目的ごとに適した機能を用意しているだめだ。この向上効果だが、一般に言われているユーザビリティの改善とは、別な視点によるものといえる。

ユーザビリティ向上も、サイトの目的を意識して

 必要な機能や情報が洗い出せたら、ユーザビリティの向上を意識しながら、サイトの内容を設計していく。全体での機能や情報の構成、ナビゲーションを最初に決め、全体像を明らかにする。また、訪問目的に適した形での情報表現をルール化し、それを満たす形で各ページの内容を作成する。
 中身を作る際に忘れてならないのは、サイト目的や訪問目的を重視する点だ。機能や情報を作るのはもちろん、ユーザビリティの向上でも、2つの目的を強く意識する。機能や情報の構成や並び順をどのように決めるか、情報のどんな点を強調するか、操作のナビゲーションをどう作るかは、2つの目的によって違ってくるからだ。
 実際にユーザビリティを向上させるためには、最初に設計ルールを決め、それに従う形に作り進む。そのルールには、機能や情報の種類ごとの作り方だけでなく、サイト目的と訪問目的をどのように考慮するかも含まれる。設計ルールができてしまえば、後はそれにしたがって中身を用意し、全体を組み立てていく。
 サイトの目的を重視する考え方は、サイトのユーザビリティ評価にも当てはまる。最初にサイト目的を明らかにし、それを意識しながら、サイト全体のユーザビリティを評価しなければならない。逆に、サイトの目的を無視したユーザビリティ評価では、情報の見せ方や操作性の細かな部分しか評価できず、価値がより低い。
 以上のように、サイト目的と訪問目的を考慮しながら作れば、ユーザビリティがさらに向上できることを、忘れてはならない。

評価のみの利用は顧客のメリットが少ない

 ユーザビリティの向上を専門とする企業も、いくつか登場している。提供するメニューの中には、顧客ウェブサイトのユーザビリティの評価もある。本格的に行うと数百万円の費用がかかるようで、かなりの金額といえる。これだけの金額になる理由は、人を使った作業が必要だからだ。普通のユーザーにサイトをアクセスさせながら、欠点を調べるといった作業を行えば、どうしても金額は増す。もちろん、より手間のかからない方法で行う、もっと安い料金の評価もある。
 ユーザビリティ評価の利用者にとっては、支払った金額だけのメリットがあるかが重要だ。高額の評価が利用者に何を提供するのか知らないが、評価である以上、ウェブサイト自体を直してくれるわけではない。最良の場合でも、現状の評価結果に加えて、改善案を提示するレベルにとどまる。つまり、評価を受けたとしても、現状のウェブサイト自体は、前と同じまま存在するわけだ。
 サイトの制作を外部に依頼している場合は、ユーザビリティを評価してもらった後で、製作企業にサイト改善を発注することになる。評価と製作の依頼が分かれることで、費用はどうしても高くなりがちだ。それよりも、ユーザビリティの向上を理解している製作企業に、最初から依頼した方が得である。リニューアルの機会などに、そうするのが賢明だろう。
 ただし、前述のように、ユーザビリティの向上だけでは、良いサイトに仕上がらない。可能な限り良いサイトを構築したいなら、提供機能の向上も理解している製作企業を選ばなければならない。といいつつも、該当する製作企業が極めて少ないので、見付けるのが大変だという問題がある。見付けられなかったときは、提供機能の向上とユーザビリティの重要性を、複数の製作企業に尋ねて、その回答を比べて選ぶしかなさそうだ。
 サイトを自社内で製作している場合は、評価のみの利用にメリットがあるだろうか。評価依頼を検討するというのは、ユーザビリティの重要性は理解しているはずだ。それなら、市販の書籍を何冊も購入して、独学で勉強した方がよい。この方法で、基本的な改善点を知れるので、ある程度のレベルでユーザビリティを改善できる。今後のサイト変更でも役立つだけに、担当者自身がユーザビリティを理解する価値は高い。
 前述のように、良いサイトに仕上げるためには、ユーザビリティの評価だけでは不十分という面もある。その点も含めて考えると、ユーザビリティ評価だけの依頼は、顧客のメリットが少ないだろう。資金に余裕があって、一度ぐらい試してみたいなら止めはしないが。

実際の構築サイトを見ると、提供機能の向上度が低レベル

 ユーザビリティの向上を専門とする企業の中には、上記のようなサイト目的の重要性を理解し、サイト構築ビジネスのウリとして、自社サイトで強調している例もある。非常に良い傾向だ。
 そうした企業では、自社で構築したサイトへのリンクも用意し、設計例を複数見れるようにしてある。ある製作企業の設計したサイトを実際に見たら、非常にガッカリしてしまった。どの構築サイトも、ユーザビリティは良くできているが、提供している機能や情報の質が高くないのだ。
 たとえば、企業の事業を紹介するページなら、その事業に興味のある訪問者が何を知りたいのか考え、それを満たすような情報を提供するはずだ。そんな視点で事業紹介ページを見たとき、訪問者の要望をほとんど満たせないレベルの情報しかなかった。何のために用意したページなのか、その狙いが見えてこない。
 サイト全体の構成も、ありきたりの項目が並ぶだけで、一般的なサイトと同じだ。その企業が何を考えて、顧客に何を訴えたいのか見えない。主なページをひととおり見て回ったとき、サイトの目的が伝わってこないのだ。もし顧客が「とりあえずウェブサイトを持ちたいだけ」と言ったとしても、その企業のビジネスを考慮し、もっとも良いと思われるサイト目的を考えてあげるのが、優秀なサイト構築者の役目である。
 複数の設計例を見たが、どれも似たような結果だった。ユーザビリティが良くて、提供している機能や情報の質が高くないという。おそらく、サイトの目的から検討していると言いながら、それ実現する能力が備わっていないためだろう。いくら強く訴えていても、その成果が現実のサイトに現れていなければ、顧客にとって価値はない。逆に、ウソを付いたことになる。
 サイトの目的から検討し始める重要性に関しては、気付いてないのではなく、ハッキリと気付いている。気付いているのに、ほとんど作れてない点が問題なのだ。さらに悪いのは、作れてないことに気付いてない点で、「どんな状態に仕上がれば作れたといえるのか」理解してないことを意味する。これを理解しない限り、作れるようにはならない。この点こそ、最大の問題だ。
 作れるようになるためには、物事を検討したり問題を解決するための能力と、物事を上手に説明する能力が必要となる。これらは、技術的や美術的とはタイプの違う能力である。こうした能力を意識的に高めないと、今後作れるようになるのは難しい。手っ取り早い対処としては、作れる人に教えてもらうのが一番だろう。

ビジネス的な視点で、過去の構築サイトを評価してみる

 以上のようにウリのアピールと実力が異なるのは、サイト構築を依頼する顧客にとって困った状況だ。製作企業が主張している内容を、そのまま信用できないのため、どこに頼んだらよいのか迷ってしまう。仕方がないので、提供する機能や情報を上手に設計する能力があるかどうか、見極めるための方法を考えてみた。
 判断の材料とするのは、過去に構築したサイトだ。1つだけだと評価が難しいので、最低でも3つは必要だ。もし公表していなければ、メールなどで相手に教えてもらうしかない。そして念のために、教えてもらったサイトにメールして、本当に構築したかどうか確認する。
 構築サイトが分かったら、そのすべてにアクセスしてみる。サイトごとに、どんな目的で構築したのか、自分に伝わったかどうかを考える。また、事業紹介や製品紹介のページを見て、訪問者が期待する情報が得られるかどうかを判断する。これらは、純粋にビジネス面で評価するので、ウェブに関する技術的な知識が少なくても、可能だ。
 ユーザビリティも大事なので、サイト全体の使い勝手も評価しよう。知りたい情報にたどり着くまで、迷わずに操作できるかどうかを調べればよい。使いやすさを気にしながらアクセスすれば、どちらの方が良いかぐらいは判断できるようになる。
 優秀な製作企業が少ない現状では、条件を満たした企業を見付けるのは難しい。複数を比べて、少しでも良い企業に依頼するしかない。3社以上の依頼候補を用意し、それぞれの企業の構築例にアクセスしてみて、一番良い企業を選択しよう。上記の方法で比べれば、候補の中で最良の企業が選べるはずだ。もちろん、相手の態度を見て信用できそうか判断するといった、他の要素も一緒に比べるべきなのは、言うまでもない。

(2001年1月24日)


下の飾り