川村渇真の「知性の泉」

使い勝手の向上は今後ますます求められる


今後は高機能製品が増えるものの使い勝手は低下

 ユーザーインターフェースといえば、コンピュータのソフトウェアのことだと考えがちだが、実際にはあらゆるモノに関係している。たとえば缶ジュースの缶なら、飲み口の空け方が初めて飲む人でも分かるように設計してあるだろうか。またカナヅチなら、打つ面が2つあって片方だけ少し凸型になっているが、その違いや役割を見分けやすいように設計してあるだろうか。このような単純なモノでさえ、使いやすく改良することが可能なのだ。もっと複雑な機能を持つモノなら、より多くの改良が考えられる。それらは、ユーザーインターフェースの設計に他ならない。
 世の中に登場するモノの傾向を理解することも重要だ。これから登場する製品は、以前よりも多くの機能を持つ可能性が高い。マイコン(マイクロコンピュータ)技術の発達によって、多くの製品でコンピュータを内蔵するようになったからだ。高性能マイコンが低価格で利用できるため、それほど製造コストを増やさずに機能を向上できる。マイコンの最大の利点は、ソフトウェアさえ改良すれば、製造コストを同じに保ったまま、機能を増やせることにある。このような特徴を理解すると、マイコンを内蔵した後は、どんどんと機能を増やすのが普通だ。
 ただし、機能は増やすが、製造コストは増やしたくないので、操作に必要な表示やボタンの数は限定される。そうなると機能が増えた分だけ使いづらくなり、使い勝手を向上するのはさらに難しい。結果として、使いにくいモノが多く登場する可能性は高まる。
 現在では、保温用ポットや電話機など、いろいろな製品でマイコンを内蔵している。それに合わせて機能も豊富になった。ところが、電話機やビデオ録画予約など、少し複雑な機能は使えない人が意外に多い。もっと使いやすく作らなければ、せっかくの機能も役立たない。

人件費の削減が目的で対人マシンが増える

 人々が個々に使う製品以外にも、人と接する機械が世の中に増える。自動販売機や情報端末などの対人マシンだ。
 先進国の企業では、人件費の軽減が大きな課題として認識されている。競争がさらに激化する将来の社会では、その重要度はさらに増す。人件費を減らすために導入するのが、対人マシンだ。いろいろな作業の中から、機械に置き換えやすい単純なものを見つけ、可能な限り対人マシンに切り替える。販売のうちでも、ただ商品を渡すだけ済むタイプのものは、優先的に機械化される。結果として、人々が対人マシンと接する機会は増える。
 対人マシンの内部でもマイコンが使われているので、容易に高機能のものが作れる。1台のマシンで様々なモノを売るとか、いろいろなサービスを提供するとか、機能が豊富な対人マシンも登場する。こちらも、機能が多いほど使いやすく作るのは難しい。ただし、前述の小さな製品と違って、ある程度の筐体サイズを確保できる。多くの表示やボタンが使えるため、使い勝手を向上させやすい部類に属する。特性としては、パソコン上のソフトウェアに近い。
 そのソフトウェアも、使いやすく改良するのが容易ではない。パソコンを中心としたソフトウェアを見て分かるように、CPU性能の向上に比例して機能が増える。増加の度合いは非常に大きく、他の製品の比ではない。画面を自由に作れるので、使い勝手を容易に向上させられそうだが、実際には非常に苦労している。初心者が簡単に使えるレベルまでは、まだまだほど遠い。今後は利用者が格段に増え、ほぼ全員が使うようになるだけに、使い勝手の向上は大きな課題だ。

今後の社会ではユーザーインターフェース設計が重要に

 以上のように、今後の社会では、世の中に出回る多くの製品で、使い勝手の向上が求められる。これらはすべて、ユーザーインターフェースの問題だと捉えることができる。ソフトウェア以外も含めて、使い勝手を向上させるための設計術が、世の中で求められている。
 ところが現状を見る限り、それほど深くは研究されてはいない。認知科学などの分野があるものの、概念的な研究が中心だ。もっとも必要なのは、実際の設計に役立つようなノウハウである。使いやすく作るための理論が体系化され、それを利用する作業手順まで用意することが重要となる。また、具体的に役立つ工夫も、数多く集めなければならない。そこまで達すれば、いろいろな製品が使いやすく作られ、多くの人が無駄な時間を費やさずに済む。同時に、うまく使えないために生じる余分なストレスをためなくて済む。
 使い勝手を向上させるための設計術が登場しないと、高機能だが使いにくい製品が増える。その反動として、機能を削った製品も同時に現れるだろう。高機能を多くの人が使えるのが理想なのに、それからはほど遠い状況となる。何も対策を打たなければ、そんな状況になる可能性は高い。
 ここまで述べたように、使い勝手を左右するユーザーインターフェースは、今後の社会でますます重要となる。それを真剣に捉え、優先事項として研究を進めなければならない。このコーナーでは、ユーザーインターフェースの設計術を具体的な工夫に掘り下げ、その体系化を目的とする。対象も幅広く捉え、ソフトウェアはもちろん小さな道具まで扱うつもりだ。その意味で、万物に適用できる設計術を目指す。最終的には、効果的な設計手順を示したい。

(1997年11月25日)


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