川村渇真の「知性の泉」

使いやすさの劇的な向上には新しい発想が必要


ソフトの基本構造は進歩していない

 CPUの処理能力の向上に合わせて、ソフトの機能も段階的に向上している。動画や音を扱えるなど、確かに以前よりは使える範囲が広がった。また、GUIの採用により、マウスを中心とした操作が可能で、難しいコマンドを暗記しなくても使えるようになった。
 ところが、ソフトの基本的な仕組みは、ほとんど変わっていない。ファイル単位でソフトやデータを保存し、複数のアプリケーションを使い分ける必要がある。見かけは良くなったものの、ファイル形式の違いやアプリケーションの選択などを強く意識しなければ、上手に使いこなせない。
 ソフトの基本構造を変えないままで多くの機能を加えたため、ユーザーから見て難しく感じるようになった。GUIを採用した初期のマシン(具体的には初期のMacintosh)よりも、現在のパソコンOSのほうが遙かに複雑だと感じさせる。機能が増えると複雑さも増すので、それを改善するために基本構造を変更するのが一般的な設計方法であるが、それができていない。結果として、機能が増えるほど使いやすさは低下する。

使いにくいのはソフトの基本構造が悪いから

 コンピュータ関連のほとんどの研究者は、ハードとソフトを含めたGUIの改良によって、使いやすさを向上できると考えているようだ。しかし、それは誤った認識である。GUIの改良だけで使いやすくするのは限界に到達していて、使い勝手を今以上に向上させるのは難しい。
 もう少し詳しく説明しよう。GUIが組み込まれた既存システムで、使いにくいと感じさせるのは、ファイルやアプリケーションといった、基本構造に大きく関係している部分だ。ファイル形式が大きな壁になっているため、データの変換が難しいだけでなく、すべてのデータを一括して検索することもできない。また、ソフトの機能はアプリケーションで区切られているので、好きな機能を組み合わせるのは不可能だ。さらには、どのアプリケーションで作るべきなのか、最初に判断することを求める。それを誤ると、最悪の場合には、データを作り直さなければならない。
 これらの問題は、ソフトの基本構造に大きく関わっているので、構造を変えない限り解消は難しい。つまり、GUIの改良では解決できない種類の問題なのだ。まず、その点を理解する必要がある。
 ところが、コンピュータ業界の多くの有名人には、そんな認識がない。将来のコンピュータについて語っているのは、音声認識技術やエージェント指向技術の発達によって、現在よりも格段に使いやすくなるといった内容だ。これは分析が甘いために出た結論であり、正しくはない(詳しくは「エージェント指向:実は情報中心システムでこそ有効」や「人間型エージェント:使いやすさの改良にはほとんど貢献せず」などを参照)。音声認識技術やエージェント指向技術がなくても、ソフトの基本構造さえ改良すれば、今よりも格段に使いやすくなる。音声認識技術やエージェント指向技術が生きるのは、その次の段階だ。
 こんな状況なので、コンピュータ業界の有名人の話は、あまり信用しないほうがよい。彼らが理解しているのは過去の技術だけであり、使いにくさの原因すら分かっていないのだから。

情報そのものを直接扱う仕組みに

 コンピュータを劇的に使いやすくするためには、ソフトの基本構造を大幅に変えるしかない。それを追求した1つの結論が情報中心システムだ。その名のとおり、ソフトを使うのではなく、情報そのものを直接扱えるような仕組みを実現する。
 ソフトの構成として、アプリケーションという仕組みを用いない。小さなソフトを部品として組み込み、自由に組み合わせて使えるようにする。その際にも、ソフトを呼び出すという操作方法は採用しない。目的のデータ名や書式名など指定すれば、自動的に処理が呼び出されて動くような仕組みに仕上げる。このような操作方法なので、情報そのものを扱っている感覚で使える。
 データの持ち方も、ファイルという概念は用いない。ファイル形式などで悩むことがなくなるわけだ。また、データの垣根がないので、一度入力したデータを幅広く使えて、同じデータを何度も入力する無駄は生じない。さらには、保存を意識することもないなど、余計なことを考えずに使える環境として整える。

設計の視点や考え方を知ることも重要

 ソフトの構造やデータの持ち方以外にも、考慮すべき点は多い。ヘルプの内容では、ソフトの使い方ではなく、データ自体や処理内容の意味を調べることに重点を移す。新しいヘルプ機能によって、扱っている処理が含まれる分野の知識を、使いながら知れるシステムとなる。その他の機能でも、使いやすさを限界まで高めながら、別な利点を生むような視点で設計しなければならない。新しい発想で、今までにない役立つ機能を提供する。
 以上のような情報中心システムは、まったく新しい発想で設計されているため、ほとんどの点で既存システムとは異なる。その分だけ、多くの説明をしなければ、本当の姿を理解してもらえない。説明の際に重要なのは、どのような視点や考え方が基になって、それぞれの機能が導かれたかであろう。その意味から、研究段階で検討した内容を紹介すべきだと考えた。情報中心システムの理解につながるだけでなく、コンピュータの別な研究にも役立つに違いないからだ。
 情報中心システムは、コンピュータの進歩の流れから見ると、1つの通過点である。実社会でのCPUパワーと記憶容量を考慮し、ある程度の現実的な到達点を目指さなければならない。また、次の段階の進歩を知っていて、通過点と認識すれば、次の進歩を考慮した仕様として設計できる。情報中心システムは数段階に分けて機能を向上し、ここで紹介しているのは最初の段階が中心である。それでも、既存システムよりは格段に使いやすい。
 コンピュータを劇的に使いやすくするためには、根本的に新しい仕組みを用意しなければならない。それを構築するには、新しい視点や発想が必須である。

(1998年4月2日)


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