川村渇真の「知性の泉」

レビュー可能な形式が必要な背景


好き勝手な行動が許されない社会状況に

 多額の税金を使って無駄な施設を建造したり、薬害によって多数の死亡者を出したりと、税金を使った組織によるダメな行為が世間に知られるようになった。また、スポーツに関わる組織でも、同様の問題が指摘されている。千葉すず選手をシドニー五輪日本代表に選ばなかった日本水連、女子マラソンの代表選考過程でゴタゴタした日本陸連などだ。
 役所でもスポーツ組織でも、共通するのは選考過程の不透明さである。密室の中で勝手に決めて、結果だけを公表している。どんな方法を用いて評価したのか、個々がどのような評価結果になったのかなど、もっとも重要な部分は公表しない。たとえ被害を受けた人に尋ねられても、必死で隠そうと努力する。
 求められているにも関わらず隠そうとするのは、一般的に言って、公表すれば立場が悪くなると自分でも分かっている場合が多い。おそらくは、きちんとした評価手順を踏んだのではなく、好き勝手に決めているのだろう。だからこそ、公表しないように必死で逃げ回るわけである。
 このような行為は、昔も同じように行われていたと思われる。以前なら、被害を受けた人が泣き寝入りするしかなかった。しかし、世の中は確実に変化している。市民の意識が高まり、評価の過程の公表を求めるようになった。また、情報ツールが進歩し、多くの人が公に発言できる機会を得た点も大きい。
 このように社会が変化した状況では、今までのように好き勝手に行動することは難しくなる。とくに、税金を使って運営している組織では、そのお金を支払っている市民に説明しなければならない。それだけではなく、運営内容の検査権を市民は持っている。また、スポーツ関連の重要な組織も、多くの市民の共有財産の面があるため、やはり説明する責任がある。もはや、密室で勝手に決めて構わない時代ではないのだ。
 こうした世の中の変化にも関わらず、行政やスポーツ組織では、勝手な行為を続けている。このままでは何も変わらないので、何らかの有効な改善手段が必要である。

レビューによって、作業の質が格段に向上する

 改善方法として、責任者を優秀な人材に入れ替える方法はどうだろうか。組織の運営ルールが今のままだと、その人が本当によいのかどうか、確認するのが非常に難しい。最悪の場合まで考えると、組織が適切に活動しているかどうか調べられるように、運営ルールを変えるのが最良の解決案だ。
 そのために有効なのが、レビュー可能な形式で報告させる方法である。単に結果だけを公表するのではなく、どのような選択基準(評価方法)を採用したのか、各候補の評価結果はそれぞれどうだったのか、その結果としてどれ(誰)が選ばれたのかを全部含めて公表する。このように選択過程(評価過程)の重要な部分が全部含まれていると、選択者(評価者)とは別な人でも、公表された資料を見てレビュー(重要な点を対象とする、きちんとした評価)できるようになる。
 レビュー可能な形式で結果を公表すれば、好き勝手に決めたとか、気に入らない人を排除したことが外部に分かってしまう。そうなると、好き勝手な行為をやろうとする人は格段に減るはずだ。もしやったとしても、後からバレて追求されるため、それなりの罰を受ける。それを見たら、やる人はますます減るだろう。
 一般的に、後でレビューを受けると知っていれば、担当者は強く意識する。どんな点でも指摘されたくはないので、きちんとやろうと必死で努力するのが普通だ。集団での活動なら、誰かが不正行為をやろうとしても、一緒に責任をとらされるのはイヤなので、別な人がやめさせようとするだろう。結果として、作業の質が向上しやすい。
 逆に、レビューを受けないことが確実な組織では、好き勝手にやれるため質が低下しやすい。ただし、例外があり、同じ目的の組織が複数あって互いに競争する場合には、競争によって質が高まる。そうではなく、同じ目的の組織が国家や地域に1つしかない状況では、何も対策しないと質がどんどんと低下していく。もちろん、これにも例外があり、極めて優秀な人材が責任者になれば、大きく低下するのを防げる。そうだとしても、レビューを実施する組織のレベルに達するのは非常に難しい。それほど、レビューする効果は大きいのだ。

きちんとレビューできる仕組みを用意することが大切

 レビュー可能な形式を採用すると言っても、組織に適用する場合は、そう簡単ではない。たんに「やれ」と言っても、他人に何か指摘されるのはイヤなので、どこかで手を抜こうとする。それが一般的な行動だ。
 骨抜きの状況に陥らないためには、不正な活動を防止できるように考慮した、良い仕組みを採用することが大切である。予想される不正や失敗を考慮し、そうならない工夫を盛り込んだ仕組みでなければならない。
 レビュー可能な形式で報告するように、ルールを規定するのが最低限の条件だ。他にも、作業手順を規定するとか、報告された内容を広く公表するとか、作業者を個人単位で評価するとか、作業内容の評価結果を組織改善に反映させるとか、いくつかの工夫を組み合わせて実現する。こうした工夫の全体像が、レビュー可能な形式を採用する仕組みである。
 レビュー可能な形式の採用は、公的な組織だけとは限らない。一般的な企業で採用すれば、上層部の不正行為を社員が監視できるようになる。また、より適切な意思決定や人材配置を実現するためにも役立つ。その意味で、レビュー可能な形式を採用した仕組みは、これからの時代の重要な道具となるだろう。

レビューを受けることに慣れる必要がある

 社会が変化している状況を踏まえると、レビューが必要な組織に関係している人は、レビューを受けることに慣れなれければならない。
 とは言うものの、レビューを一度設けたことがない人にとっては、レビューを受けることが怖くてしかたがない。特に、まだ実力がほとんど付いてない初心者の段階では、イヤでイヤでたまらないと感じるはずだ。そうだとしても、組織を適切に運営するためには、レビューに慣れる必要がある。
 レビューの実施は、受ける人にとっても大きな利点がある。レビューによって悪い点を指摘されることで、レビューを受けた人の能力が高まるからだ。最初は、悪い点をいくつも指摘されるだろう。しかし、何度かレビューを受けることで、どんどんと実力が付いてくる。そのうち、レビューを受けても指摘される点がほとんどなくなる。つまり、レビューは、優秀な人材も生み出すわけである。この効果は非常に大きく、レビューを受ける価値はかなり高い。初心者の段階から受ければ、より早く実力が高まるはずだ。
 こうした利点を理解すれば、レビューを受けるのがイヤだと感じなくなるだろう。実際、システム開発の現場では、きちんとした組織ほどレビューを実施している。それによって技術者の能力が高まり、組織全体での開発能力も向上している。自分の実力を高めたい人なら、積極的にレビューを受けて損はないし、そういう意識に変化するのが実力者の証だ。
 当然ながら、レビューでは、きちんと評価することが必須である。本当に大切な点だけを集中して評価し、よほどのことがない限り細かな部分は取り上げない。そうしないと、レビューの効果は激減する。このように上手なレビュー方法も身に付ける必要があり、悪いレビューだったら改善点を指摘して直させる。こうした能力も、実力の一部である。

 世の中は複雑化し、いろいろなことが簡単には判断できなくなっている。そのため、結果だけを簡単に報告するだけでは、良し悪しを判定できない。そんな状況を解消する手段として、レビュー可能な形式で報告する仕組みは、かなり役立つはずだ。まさに、今後の時代に適した方法といえる。

(2000年8月3日)


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