川村渇真の「知性の泉」

事態を根本的に改善する打開策が必要


マトモな議論ができないために多方面で愚策が実施される

 現在の世の中で起こっている現象を見ていると、納得できない低レベルな意思決定が多いことに驚く。多額の税金を使っているのに、無駄なものをいくつも建造する公共事業。ある議員が不正の追及をしたとき、取って付けたような理由しか回答しないのに、それで済んでしまう国会の審議。環境破壊への対策を本格的に実施しないなど、いくつもの状況を挙げられる。それらに共通するのは、マトモな検討がなされていない点だ。根本的にダメなので、悪い意思決定が何度も繰り返されるし、改善する見込みはほとんど見られない。
 国会で審議をテレビで見ているとすぐに分かるが、議論方法のレベルが相当に低い。議論の基礎すら知らない人々が、勝手な立場で主張したい内容を言っているだけだ。議論と呼べる最低レベルすら満たしておらず、単なる言い合いを続けるだけなので、時間をつぶして終わってしまう。マトモに議論できないのだから、レベルの高い意思決定を得るのは不可能に近い。
 国会審議以外でも、議論のレベルは似たようなものだ。地方の議会、公聴会、審議会など形で、多くの会議が開かれている。議論方法を習得していない人ばかりが行うので、特定の組織の意向が入りやすく、適切な意思決定は難しい。また、人選の過程にも問題があり、特定の組織の意向が通りやすい人を最初から選んでいる。
 ダメな意思決定が直らないのには、マスメディアにも大きな責任がある。ごく一部のメディアを除くと、ダメなことをダメだと明確に言わず、やんわりと批判するだけだ。そのため、ダメな決定を改善させる効果はほとんどなく、ジャーナリズムの役割を最初から放棄している。ダイオキシン汚染などの重要な問題は、徹底的に追及すれば、もっと早い時期に対策を実施しなければならない状況に追い込めただろう。
 そんなマスメディアだが、記事の中で「きちんとした議論をしてほしい」と言うこともある。しかし、現在の国会などではマトモな議論ができないことを、記者はそろそろ理解すべきだ。これからは、「まずマトモな議論方法を覚えて、その後できちんと議論してほしい」と言わなければならない。

重要な能力を身に付けさせる教育が、今後の社会では重要に

 以上のような状況になっている最大の原因は、議員を含めた多くの人が、重要な能力を身に付けていない点だ。議論方法に始まり、問題解決の各種手法、物事の評価方法、解決案の設計方法など、いくつか挙げられる。
 これらの能力は、深く追求して高いレベルを求めようとするなら、身に付けるのは非常に難しい。しかし、全員がそこまで到達する必要はない。一部の人だけが高度に身に付け、その人を上手に活用すればよい。議論方法であれば、高度に身に付けた人が議長を担当させる。他の参加者は一般的な議論能力を身に付け、議長に従う形で議論を進める。それだけでも議論の質が向上するし、各参加者は議論の能力を高められる。
 一般人に向けた教育では、議論、評価、問題解決、設計などの基本的な考え方をまず理解させる。加えて、各能力ごとに、基本的な手順、役割ごとの行為、やって良いことと悪いこと、良い結論を導くためのポイントなどを習得する。
 基本的な能力を参加者全員が身に付けると、取って付けたような理由を言って逃げるような行為は、まずできなくなる。また、きちんとした回答をするとか、データをもとに検討するとか、全体として論理的で科学的な対話になる。当然、得られる意思決定のレベルも向上する。
 理想的には、世の中の全員が、重要な能力を身に付けてもらいたい。教えても全員が身につけれられるとは限らないものの、教育を受ける機会は全員に与えるべきだ。その意味で、学校の教育内容として組み込むのがベストな方法といえる。現状の教育内容は、いずれ忘れて無駄になるものが多いので、それをズバッと削って入れ替えればよい。
 最大の問題は、具体的な教育内容を作って、教えられる教師を育成する点。教育内容のほうは、日本中から優秀な人材を何人か集めれば、簡単に構築できる。実社会で問題を解決したり、実務システムを設計している中から、ノウハウを具体的な形として残せる人材を見付け、依頼するだけだ。報酬はかなり高額になるかも知れないが、得られる内容を考えれば非常に安い買い物だろう。教育内容が求められたら、教材を作成し、教師を教育して体制を整える。本気でやろうと思えば、さほど難しいことではない。
 この種の教育は、できれば中学の1年ぐらいから始めたほうがよい。最初は基本的な考え方から教えて、参加者の役割の種類、実際の手順など、段階的に細かい内容にしていく。中学校の3年間、高校でも3年間の合計6年間もやれば、かなりの能力を身に付けられる。一方的に教えるのではなく、実際に試す方法を何回か繰り返せば、より多くの人が習得できる。
 これからの社会では、暗記中心の教育内容を受けた人がどれだけいるかではなく、議論手法や評価方法などの基本を身に付けている人がどれだけいるかで、国民の能力が決まる時代に突入する。その意味で、教育に組み込むという改革は必須である。

市民がレビューできる仕組みも必要

 世の中を大きく改善するには、国民の能力を向上するだけでは不十分だ。どんなに教育しても、悪いことをする人は必ず現れる。それを発見できる仕組みを用意して、社会ルールとしてプレッシャーを与えなければならない。
 もっとも効果的なのは、徹底した情報公開だ。情報を公開すれば、市民がレビューできる状況になる。前述のような教育が実施されると、多くの市民が評価したり分析したりする能力を身に付ける。公開された情報をもとに、今までよりも質の高いレビューが可能になる。また、評価できる人も格段に増えるので、公開された情報の全部が評価されることも不可能ではなくなる。市民どうしが相談して、重複しないように担当を分ければよいだけだ。
 情報を単に公開するだけでは不十分。検討した内容は必ず報告書を作成させるように義務化する。また、報告書の書き方も、きちんとレビューできる形を守らせる。最初のうちは、書き方を教育すればよい。書き方が悪いと本人の評価が下がり、適切に書き直すまで実施できないルールも用意する。書き方がマトモになれば、レビューの効率も高まる。
 一般に公開できない情報でも、選ばれたごく一部の市民がレビューして、内容自体は公表しないといった方法で対処できる。市民が公表して良いのは、レビュー結果に関してだけとする。いろいろと工夫すれば、たいていの内容がレビュー可能になるだろう。
 以上のような仕組みに変わると、特定の組織の都合で決定を偏向させるのが難しくなる。論理的で科学的な書き方を要求され、しかもレビューを必ず受けるので、適切でない決定には意義が出てしまうからだ。また、このようなプレッシャーが存在することで、セコイ決定を使用とする人も減る。総合的に見て、ダメな意思決定は激減するはずだ。

情報技術を最大限に利用して仕組みを作る

 多くの市民がレビューに参加するためには、情報技術の徹底的な活用が欠かせない。幸いなことに、インターネット技術のおかげで、低コストで実現できる環境になってきた。情報公開も、現在のように請求して紙で受け取る方法ではなく、インターネット経由でアクセスできる方法へと変えればよい。
 公開する対象も非常に重要だ。ここでは、例として陳情を取り上げてみよう。現在は、どんな陳情でも紙として議員や省庁に提出する。これを改めて、専用の登録機関に、電子化された形で提出するように変える。書式や記述内容も定めて、予想される費用、期待される効果、前提条件となる各種データの測定値や測定条件、必要な技術、実現までの作業期間などを必ず含めさせる。これらの項目を入れるだけでなく、論理的に並べた形で書かせる。つまり、レビューが容易な形式で作らせるわけだ。
 提出された陳情は、重複しない管理番号を付けられて、一般に公開される。それを見て、市民が悪い部分を登録機関に指摘する。当然、指摘した内容も一般に公開される。ただし、利用する場所が明らかになると買い占めなどの問題が起こるので、そのような部分だけは隠す。すべての陳情がネット上での公開を必須とし、陳情の段階から公開すれば、とんでもない公共事業を早目に阻止できる。加えて、実施した公共事業も、予想される効果と現実の効果を比較して、適切だったのかが評価できる。
 陳情でも他の書類でも、書き方でもう1つ重要なことがある。基礎データを測定したり、内容を設計したり、効果を予測した人の名前を必ず入れる点だ。名前が出ることで責任が発生し、いい加減なことを書けなくなる。どの部分は誰が導き出したのか明確になるように、書き方をルール化しなければならない。
 ここでは、話の内容を理解してもらうために、少し具体的な対策を挙げてみた。このように、情報技術を使えば、いろいろな時点でダメな意思決定を阻止できる。結果として、ほとんど役に立たない施設に高額の税金を投入することもなくなる。社会の進歩に、情報技術は欠かせない。

 世の中では、いろいろな解決方法が提案されている。しかし、どれも小手先の改良でしかないので、大きな効果を得るのは難しい。小手先の改良だけだと、今までと同じようにマトモな議論がされず、ダメな意思決定が繰り返される。そうではなく、議員の議論方法の習得、そのための教育改革、市民がレビューできる情報公開、報告書や陳情書の書き方の規定など、根本的に改善する対策を実施しないと、目に見える形の改善は見込めないだろう。
 ここで述べた内容は、本サイト全体で扱っている各コーナーのテーマに大きく関わっている。議論手法、教育改革、説明技術、評価方法、一般設計手法、システム設計術、テスト技法、プロジェクト管理、思考方法、仕事術などだ。これらを深く分析し、具体的で教育可能なノウハウとして構築することこそ、社会を大きく進歩させる基礎となる。本サイトの最大の目的はそこにあるし、そのために必要だから多くのテーマを研究し続けている。ことの重要性を理解している人が、はたしてどれだけいるのだろうか。

(1999年3月12日)


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