川村渇真の「知性の泉」

浮遊思考記録−2003年8月


●2003年8月31日

フライングに関する最良のルールは?

 テレビで連日、世界陸上の模様が放映されている。今回の競技では、フライングの扱いが大きな問題となった。フライングに関するルール変更で、有力選手が失格になったからだ。
 新しいルールが採用された背景には、競技のスピードアップがある。あまりにもフライングが多いので、競技に時間がかかりすぎるし、それによって選手の集中力も切れやすくなる。こうした理由に関しては、素直に納得できる。
 しかし、問題となっているのは、新しいルールの中身だ。その概要は次のとおり。誰かがフライングした後は、フライングした選手が誰でも失格となる。その選手にとって1回目のフライングであっても。
 このルールは、明らかに不公平。最初にフライングした選手は失格とならないのに、それ以降にフライングした選手が必ず失格となるからだ。こうした差がある限り、誰が見ても公平に見えないだろう。案の定、悪いルールだとの意見がかなり出ているという。悪いことに今回の場合は、フライングを検出する機器の正確さも指摘され、問題を複雑にしている。

 では、どのように改良すればよいのだろうか。テレビ番組の司会者は「最初にフライングした選手も失格にすればよい」と言っていた。たしかに、この方法なら新ルールよりも公平さは増す。
 しかし、こうした判断で大事なのは、関係する要素を幅広く考えて、最良の方法を選ぶことだ。その際には、最良とは何かを先に明確化しなければならない。今回の場合は「各競技で世界最速を決めるためのルール」として、何が最良かを考えることとなる。
 このまま検討を続けると、次のような問題が浮き出てくる。「今の競技方法の中には、速く走る要素の他に、スタートの技術が上手かも含まれている」という点が見逃せない。究極のルールを求めるなら、スタート技術の良し悪しを排除できるような、新しい競技方法を決めることとなる。現在は電子的な測定器具が使えるため、簡単に実現できるはずだ。ただし、今までの競技方法と異なるため、過去の記録と比べれられない欠点を持つ。おそらく、多くの人が反対するだろう。

 そこで、競技方法は今と同じまま、フライングに関するルールの改良を考えてみよう。検討するのは、あくまでフライングに関する扱い方だけだ。良い検討に仕上げるためには、まず関係する主な事柄を挙げてみた。

・考慮すべき点
  ・競技のスピードアップ
  ・選手の集中力の低下を防ぐ
  ・フライングした選手の扱いを公平に
  ・成功したスタートを無駄にしない
・フライングに関する変更可能な要素
  ・フライング発生時のやり直し:有無
  ・フライングした選手の再競技:何回まで競技できるか
  ・フライングした選手の扱い:失格、秒数追加など

 少しだけ補足しよう。注目してほしいのは「成功したスタートを無駄にしない」点だ。最初に誰かがフライングしたとき、それ以外の選手はスタートが成功している。しかし、フライングの発生によって、大事な成功が無駄になった状態だ。もし次にフライングしたら「最初はスタートが成功したのに。大きく損したなあ」と感じるだろう。これも見逃してはならない重要な点である。
 フライングした選手の扱いも、失格以外に考えられる。フライングした秒数を実測記録に加算して補正するとかだ。ただし、秒数加算を認めると「フライングしないようにと合図を聞いてからスタートするよりも、フライングした方が良いタイムになる」と文句が出そうなので、受け入れられないだろう。

 競技のスピードアップを狙う限り、誰もが満足する方法なんて求められない。当然、妥協点をいかに少なくするかが検討の中心となる。これを詳しく続けると長くなるので、結論だけ示そう。私の検討では、次のような結果となった。

・ルール
  ・フライングが発生しても、競技を止めない(そのまま走らせる)
  ・フライングの有無にかかわらず、競技は1回しか行わない
  ・フライングした人は失格とする(失格者を競技後に発表)
・長所:評価結果(評価結果の理由)
  ・スピードアップ:最高(1回しか競技しないので)
  ・選手の集中力の低下防止:最高(1回しか競技しないので)
  ・フライング選手の扱い:公平(誰もが1回で失格)
  ・スタート成功を無駄にしない:最高(1回しか競技しないので)
・短所?
  ・1回のフライングで失格となる(実は、新ルールとほぼ同じ)

 こうして評価してみると、最初に挙げた考慮すべき点のほとんどで、「最高」という評価結果が得られるルールとなっている。
 もう1つ、こうしたルールの変更では、選手の対応も考慮しなければならない。1回のフライングで失格となるため、無理なスタートをやろうとする人は確実に減るだろう。そのため、短所がそれほど大きな問題とはならないと予想する。

 上記のルールは、改良が少しだけ可能である。追加のルールとして「フライングした選手だけを集め、もう1度だけ競技する」を加える。予選から準決勝までは複数のレースが行われるので、フライングで失格した選手だけ集めて、後でまとめてレースを行えば、スピードアップへの影響も最小限になる。レースが1回分しかない決勝の場合は、競技時間が2倍になってしまうが。
 この改良により、1回のフライングで失格する短所が解決する。もちろん、競技の回数が少し増えるので、スピードアップの点だけは長所の度合いが低下する。とくに、長距離の場合には大きな対処となってしまう。ただし、長距離の場合にはフライングする人がほとんどいないので、今までどおりに「すぐ中止して再スタート」のルールを適用するのが良いだろう。
 改良案を採用する場合は、フライング選手の再競技の時間も確保しておくと、競技運営がスムーズに進む。それでも、フライングした選手が多いときは困るが。こうして広く考えていくほど、スピードアップを求める限り、1回のフライングで失格とするルールが一番良いと思えてくる。

 以上のように、フライングに関するルールの検討でも、その思考方法が重要となる。何を考慮すべきかのか、どういった要素が変更可能なのかなど、総合的に検討する必要がある。また、検討の過程まで含めて公表すれば、第三者のレビューも可能だ。
 こうした形で検討していれば、今回のような不公平なルールを採用することはなかった。ルールを検討する以前に、検討方法(思考方法)を検討しなければならない。おそらく気付いてないだろうが。


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