川村渇真の「知性の泉」

浮遊思考記録−2003年7月


●2003年7月31日

読んだ効果が期待できない本

 1年ほど前から、ネット通販のアマゾンを利用するようになった。おかげで、購入する本が利用前より増えた。ネット通販で本を買うときには、実物を見ずに買うことになる。結果として、買って失敗だったと思う本も増えてしまった。それでも、アマゾンを利用しているおかげで知り得た本が何冊もあるので、利点に伴う欠点だと思っている。

 アマゾンで最近買ったものの中に、買って大失敗だった本がある。ここ数年で一番の失敗本だ。通常は、悪い本だと無視するだけだが、あまりにもひどすぎると思うので、悪い理由を説明しながら、あえて取り上げる。
 その本とは「日本語を書くトレーニング」だ。この本が目指しているのは、「てにおは」といったの文章の基本ではなく、「どんな情報をどんな順番で書けばよいのか」を、読む人に理解させる点にある。代表的な15の目的を取り上げ、それぞれに何を書くのか考えさせている。狙いとしては、なかなか良い点を突いている。
 しかし、説明の仕方が最悪だ。具体的にどんな情報を含めるのか説明する代わりに、考えさせることを重視しているという。そのため、悪い例しか示されず、良い例はほとんどない。提示した悪い例を読者が直すことで、書く能力を向上させようと考えている。悪い例だけだと直せないので、直すための視点を与えるためのヒント「問題」が、数多く加えてある。ただし、その問題の正解は何も付いていない。

 この本を読み始めてすぐに、大きな問題点に気付いた。この本を読んだ大半の読者は、書く能力がほとんど高まらないだろうと。本の著者が期待しているほどには。
 著者は、大事な点に気付いていない。考えろと言って考えられるのは、ごく一部の人間だけだ。また、分かりやすく書くためには、どんな点に注意するかだけでなく、情報を上手に示すための表現アイデア(表現上の工夫)が必要となる。こうした表現アイデアを出せるのも、ごく一部の人だけだ。お金をわざわざ出して買う本なので、この種の表現アイデアの説明を、読者は期待しているのではないだろうか。その期待に応えてはいない。
 考えることに重点を置いているといいながら、その方法についてはほとんど触れていない。触れた箇所といえるのは、7ページにある「与えられた問題を考えるときの大事なポイント」であろう。これとて、たった6行しかない。これだけの説明で、考えることができると思っているのだろうか。

 以上のような欠点に気付いたので、この本が改善すべき点を整理してみた。読んだ人が、書く能力を身に付けられる本を目指して。改善点を簡単にまとめると、次のようになる。

この本が改善すべき点
・考える方法に関して
  ・内容を良くするために考える方法を示す
    ・方法の中身:作業手順や注意点など
  ・その方法を利用して考えた例を、手順に沿って詳しく説明する
・良く書くための要素に関して
  ・悪い例とペアになる形で、良い例を必ず入れる
  ・良い例の工夫点を体系的に説明する
・良く書くための工夫の中身に関して
  ・汎用的な工夫として整理し、以下のように分類する
    ・必須工夫:どんな目的でも必須の工夫
    ・任意工夫:一部の目的にだけ使える任意の工夫
  ・工夫の使い方を説明するとき
    ・用意した目的ごとに、どの任意工夫が使えるのか選ぶ
    ・必須工夫と任意工夫で、実際の適用の仕方を説明する

 簡単に補足しよう。考えさせるためには、その方法を示さなければならない。どんな点に注意し、どのような流れで考えるのか、汎用的に利用できる方法をだ。その上で、方法を利用した例を詳しく紹介する必要がある。ここまでやらなければ、考える方法を身に付ける人は増えない。
 良く書くための要素に関しても、目的ごとに具体的な中身を説明しなければならない。考えさせることを重視するなら、最低でも良い例を示すべきだ。また、後ろの方でも構わないから、どんな点を工夫しているのか、要約的な説明も必要だろう。そうしないと、どの部分がどのように良いのか、気付かない人が多いからだ。
 さらに良い本に仕上げたいのなら、良く書くための工夫を、体系的に整理して説明しなければならない。どんな目的にでも必須の工夫と、一部の目的にだけ使える任意の工夫に分けて。任意の工夫のそれぞれでは、どんな条件で使えるのかも示す。続いて、これらの工夫を実際に使った例を説明する。用意した全部の目的で、どの工夫が使えるのか、それぞれの工夫をどのように利用したのか、具体的に紹介すればよい。ここまで含めれば、読者の多くが書く能力を高められる、極めて良い本に仕上がるはずだ。

 前書きの部分を読んでいて、気になることがある。この本は、学校での授業のテキストとして使いやすいように作ってあるという。それが、具体的な工夫を盛り込まなかった理由だろうか。だとすれば、一般に販売するべきではない。もし販売する場合でも、工夫が含まれてない点を強調し、買った人がだまされたと感じないように配慮すべきである。
 編集者の役割についても触れておこう。こうした本が出る背景として、編集者が自分の役割を果たしてないことも見逃せない。著者の主張を全部認めるのではなく、お金を出す“読者の視点”で改善要望を出し、本を少しでも良くするのが編集者の大事な役割だ。この本の編集者は、それをしなかったのだろう。
 前書きには、今年の秋に「日本語を話すトレーニング」という本を出版する予定だとある。この本と同じように、具体的な工夫が1つも含まれてない本にはならないよう、著者および編集者には頑張ってもらいたい。

 最後に、もう1つだけ。こんな話を書くと、どんな本だろうかと興味が湧いて、買ってしまう人が出かねない。それで販売数が増えたら、著者や編集者が勘違いしてしまう。悪い本の例を見る目的で買う場合には、その旨を出版社に伝えた方がよい。


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