川村渇真の「知性の泉」

浮遊思考記録−2002年03月


●2002年3月25日

コミュニケーションが大事だと言うけれど……

 最近では日本でも、個人の能力向上に関心が集まっているようだ。生涯を通じての能力向上を考えたり、自分の能力が向上できる仕事を選んだりと、以前にはなかった行動が見られる。
 そうした個人の能力向上で必ず登場するのが、コミュニケーション能力。誰かと一緒に仕事をする機会が多い以上、非常に重要な能力であることは間違いない。実際、人材コンサルタントや有能な人が、若手に向けた助言の中で、身に付けるべき重要な能力の1つに挙げている。「コミュニケーション能力が重要」とか「コミュニケーション能力は必須」という表現で。
 しかし、重要や必須だと言うものの、どのようにしたら身に付けられるかに関しては、まったくに近いほど触れない。そのため、重要だと何度言われても、身に付けてない状態がずっと続く。重要だという助言は、ほとんど役に立っていないわけだ。それどころか、習得できない状態が続くことで、助言を信じた人の不安を増大させている面もある。重要だと言いながら、身に付ける方法を示さないのは、かなり無責任ではないだろうか。
 このような形の助言になるのは、助言する人自体が身に付ける方法を知らないからだと思われる。だとしても、身に付ける方法を調べるとか、自分で考えてみるといった努力をすべきだし、調査や考察の結果を助言に含めるべきである。

 では、コミュニケーション能力は、どのようにしたら身に付くのだろうか。少ない文字数で説明するのは困難なので、基本部分だけ紹介しよう。
 基本となる考え方は、コミュニケーションの目的を明らかにして、それに適した成果を作ることである。どんなコミュニケーションでも、何らかの目的のために行なうはずだ。それを最初に明らかにし、それを達成できる形で話を進める。一気に最終結果を得るのは無理なので、途中を数段階に分け、扱っている内容を整理できるように工夫する方法が有効だ。
 途中の段階分けがどのような中身になるかは、目的によって異なる。目的が問題解決であれば、問題点を明らかにするための情報収集から始まり、解決案の決定が最後に来る。目的が何かの製品開発であれば、製品に求められる仕様を決めるための調査から始まり、目標となる仕様の決定、その仕様の実現方法の検討などが含まれる。このように、目的に適した進め方を決めることが、質の高いコミュニケーションの基礎になる。
 つまり、質の高いコミュニケーションというのは、お互いの考えを合わせながら、目的に合った成果を導き出す作業である。それが達成できるように、作業を数段階に分け、各段階で作るべき作成物の形式を明確にする。こうすると、隣り合った前後の段階で、作成物の整合性を検査でき、作成物の質まで高められる。
 そして、コミュニケーション能力とは、このような方法を身に付けることである。けっして、感情に訴えて他人を説得するのが上手だとか、喋り方が上手だとかを指すのではない。感情に訴えて一時的に納得させても、相手が後で冷静になったとき、だまされたと感じてしまい、最終的には失敗してしまう。こうした小手先の対処方法ではなく、対象を適切に検討しながら最良解を求めることこそ、本当のコミュニケーション能力である。当然ながら、話が変な方向へ進んだとき、適切な方向へ戻す方法も含まれる。

 コミュニケーションが注目されているのは、個人の能力だけではない。システム開発の分野でも、コミュニケーション重視を目玉の1つとする開発手法が登場している。しかし、ここでも似たような特徴が見られる。コミュニケーションを重視するというものの、コミュニケーションの質を向上させるための具体的な方法が、ほとんど説明されていない。重視しているのは、コミュニケーションの機会を増やす点が中心で、質を上げるために有効な工夫は含まれていない。
 そうなると、次のような疑問が浮かぶ。機会を増やすだけで、コミュニケーションの質が高まるのだろうかと。実際には、具体的な方法を示さない限り、実施する人の能力に大きく依存する。その人のコミュニケーション能力が低ければ、いくら多くの時間をかけても、コミュニケーションの質は高まらない。その意味で、コミュニケーション重視と主張しても、実際の効果はあまり期待できない。
 システム開発でのコミュニケーション能力も、前述の考え方と基本的に同じだ。ただし、目的がシステム開発に限定されるので、それに特化した作業手順が採用できる。また、システムの対象となる内容は複雑な場合が多いので、それを記述する方法に数多くの工夫が求められる。そのため、手順と記述方法の善し悪しで、コミュニケーションの質が決まりやすい。だからこそ、この部分でどれだけ良いものが提供できるかにより、開発手法の良さが決まる。

 以上のように、コミュニケーションが大事だと主張するだけでは、助言としては不十分だし、役に立つ度合いが低い。大事だと主張するからには、それを実現するための具体的で有効な方法を示す必要がある。
 有効な方法を示すためには、対象となる行為の意味や役割を深く考えてみるのが一番だ。何のために行なうのか、どうなったら良い状態なのか、何をどのような手順で作れば成功しやすいのか、といった点を考える。そうすれば、有効な方法を求める糸口が見付かりやすい。
 大事だと言うだけの助言は、コミュニケーションだけに限らない。その場合も、同じような考え方で、深く分析してみればよい。それにより、大事だと言うだけの中途半端な助言(助言として役に立たない助言)が、かなり減るだろう。助言を受ける側でも、以上のような視点で助言内容を評価しながら、信じる助言を選んだ方がよい。


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