川村渇真の「知性の泉」

浮遊思考記録−2000年11月


●2000年11月29日

メーカー系列店という仕組みでは適切な販売が難しい

 雪印乳業の集団食中毒事件によって、雪印製品を専門に扱う販売店の苦労が、テレビ番組で放映されていた。製品の信用がガタ落ちになったため、販売量が激減して商売が成り立たなくなるという内容だ。出荷が再開したとき、必死で売り込んでいるためか、何とか購入を続けてくれる人もいた。
 一番気になったのは、雪印製品だけでなく自動車などもで積極的に採用されている、特定メーカーの系列店という仕組みである。特定の企業の製品しか扱わないので、その企業の製品が悪くても、とにかく売るしかない。悪い評判が広がっても、必死でお願いして買ってもらう。売れなければ生活に困るのだから、必死で売るのは当然であろう。
 では、必死でお願いするとき、買う側である顧客のことを少しでも考えているだろうか。食中毒を起こしたメーカーの製品であれば、本当に改善されたのか不安に感じるのが普通だ。それを払拭するだけの確信が得られなければ、顧客としては買いたくない。そのため、良心的な販売店であれば、自分で調べて改善の確信が得られたときだけ、ようやく売り始められる。ただし、確信を持つレベルで調べる作業は大変で、雪印乳業の事件であれば、どのような対処を実施したのか説明を求めたり、改善した工場を見学させてもらうなどの行為が必要となる。
 実際には、そんな行為をするのは困難である。順調に売れる状態に戻ったときのことも考えるからだ。今後も製品を卸してもらえるように、メーカーに対しては文句を言えない。なにしろ、そのメーカーの製品しか扱ってないので、製品の供給を停止されたら商売ができないのだから。メーカーに首根っこを押さえられているのと同じ状態だ。結果として、本当に改善されたか確認しないまま、ひたすらお願いして販売するしかない。つまり、顧客の方を向いていない行為となる。
 こういった大きな問題が発生しない状況でも、特定メーカーの製品しか扱わない方法には問題がある。他社の製品がいくら良くても、自分では扱えないため、決められたメーカーの製品を売るしかない。当然ながら、製品に競争力がなければ販売量は増えないだろう。それでも、自分の希望とは違うのに、必死でお願いされたのが理由で買う人が出てしまう。これも顧客から見て、好ましい販売方法ではない。
 逆に、どのメーカーの製品でも扱っている販売店では、店側が比較して一番良いと思われる製品を薦められる。実際には、製品ごとに特徴が異なるので、それぞれの長所と短所を説明して、顧客に選んでもらう方式となるだろう。少なくとも、異なるメーカーの製品を触れる機会が、店員と顧客の両方にある。また、店員の商品知識も、複数メーカーに及んでいる。
 複数企業の製品を扱うようになると、販売店側の立場も強くなる。対応の悪いメーカーがあったら、他社の製品を販売すればよいからだ。メーカーに文句も言える分だけ、顧客にウソを付いて売る必要がない。
 以上のように、メーカー系列店という仕組み自体が、基本的に大きな欠点を持っている。何を購入する場合でも、特定メーカーの系列店の言う内容は、疑うような癖をけよう。系列店の販売員には、他社の製品に関しても質問してみて、どのように言うのか調べるようにする。その後、複数メーカーの製品を扱う販売店にも行ってみて、内容が正しいかを確認すればよい。
 また、より良い販売店を増やす意味から、系列店を減らす努力も必要だろう。買う側が系列店を避け、複数メーカーの商品を扱う販売店から購入するようにする。できる人は限られるだろうが、メーカー系列店の店員(できれは責任者)に、より多くのメーカーの製品を扱うことが、いかに重要かを説明する方法も有効だ。
 自分では、メーカー系列店からは可能な限り買わないようにしている。また、自分の知らない分野の製品に関しては、製品の違いなどをキチンと説明してくれた場合、価格が少しぐらい高い程度なら買うようにしている。このように、買う側が少し賢くならないと、長期的に見て良い販売店は増えない。


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