川村渇真の「知性の泉」

価値の高い能力教育をビジネスとして提供する


作文技術などの基礎能力から始める

 学校が狭い意味の学問しか教えず、生徒の能力を向上させてくれない限り、企業がビジネスとして能力教育を提供するチャンスがある。学校教育の内容は簡単に変えられないばかりか、改良する様子すら見えないので、当分はチャンスが続く。
 もっとも重要なのは、何を教えるかだ。大学を卒業しても身に付いていない能力のうち、練習すれば比較的身に付きやすく、重要度の高いものや利用機会の多いものが対象となる。真っ先に挙げられるのは、作文技術である。他に、人前で発表する技術、上手に質問したり回答する技術、的確に報告する技術、物事を調べる技術、何かを提案する技術などもよい。
 次に重要なのは、誰に対して教えるかだ。学習側から考えてみると、少しでも早く始めるほうがよく、その分だけ多くの能力が身に付けられる。ただし、通常の学校を卒業する必要もあり、既存の学習内容も同時に学ばなければならず、それと並行して勉強するしかない。早い人なら小学校の高学年、一般的には中学校ぐらいから始めるのがよいだろう。
 既に卒業している社会人も、こうした能力を身に付けていない。当然、教育を提供する相手としても有望だ。教える内容は基本的に同じなので、教材もできる限り共用として作る。子供相手でも大人相手でも、習得の速度は個人差が大きいので、各人の習得速度に合わせて進めるような学習方法を採用する。
 ビジネスとして提供する場合、本当に身に付くことが非常に重要となる。能力教科の場合、習得の可能性を高めるには、課題を与えて実際に作らせることと、製作物を添削して悪い点を知らせ、上手に作れるように指導する方法が有効だ。この方法なら、学習者に合わせた進み具合も実現できる。
 難しいのは料金体系。習得度の個人差が大きいため、教育する側の手間が相手によって相当違う。対象教科に対する適性が低い人だと、課題を与えたり添削する回数が増え、より多くの手間がかかってしまう。おそらく、決められた回数だけは基本料金に含め、それ以上は別料金で加算するしかない。実際にかかる費用を顧客に伝えるために、過去の統計値を公開して、教科ごとの費用の総額のバラツキを事前に知らせたり、受講の初期段階で適性度を知らせたりする。このように本当の姿を正直に見せる方が、顧客から信頼されるだろう。

学校が嫌がる宣伝方法こそ効果的

 ビジネスとして成功するかどうかは、顧客が集まるかどうかにかかっている。まず価値の高い教育内容を用意することが重要だ。そして、教育の本当の価値を的確に伝えられれば、おのずと成功に近づく。誰もが簡単に提供できる内容ではないため、安売りする必要はない。
 良い教育内容が用意できるかは、それを作る人材にかかっている。まず、該当する能力を身に付けている人を見付ける。ビジネスの世界で優秀な人材なら、能力を身に付けている可能性は高い。その人が自分で教育内容を作れれば、作ってもらえばよい。もし無理なら、良い教育内容を作れる専門家と一緒になって、本人が持つ能力を教育内容の形で引き出す。また、次のようなポイントを押さえれば、教育内容の質を高められる。

教育内容の質を高めるためのポイント
・教育内容を習得しやすい単位に分割する
・分割した内容を、習得しやすい順序で並べる
・相当に基礎的な部分から始める
・上手に作るためのポイントを具体的に示す
・ポイントを使うような課題を与える
・課題への製作物で、検査すべき点を明確にしておく
・教育内容の終盤には、凝った作成ノウハウも含める
・実際に作成したサンプルを数多く用意する
・各サンプルには、丁寧な説明を付ける

 次は上手な宣伝だ。核心をズバリ突く形がよいだろう。たとえば「有名大学を優秀な成績で卒業しても、実社会で必要となる重要な能力はほとんど身に付きません。この教育を受けて、本当に役立つ能力を身に付けましょう。アナタの将来を少しでも良くするために」というのもよい。また、親向けとして「我が子の将来を思う気持ちがあるなら、重要な能力の習得機会を与えましょう。身に付けた方がよい能力はいくつもあるので、早く始めて多くの能力を身に付けるのが賢い選択です」でも構わない。学校関係者は嫌がるだろうが、正しい内容だけに効果は抜群だ。
 宣伝では、どのような能力が身に付くのか、能力を身に付けたときの効果も含めて、細かく説明した方がよい。どれも本当に重要な能力なので、詳しく説明するほど説得力が増す。こうした宣伝で顧客が集まらなかったら、教育用の課題を流用した無料の能力テストを体験してもらおう。ほとんどできないはずなので、テスト結果に助言を書き添えて返せば、かなりのインパクトがあるはずだ。
 不特定多数に宣伝するだけではなく、積極的に営業する方法もある。新入社員向けの教育として、大企業に採用してもらうなどだ。入社してから基礎能力を教えていては時間の無駄なので、入社する前に受講する形で、採用してもらう方法がベストだろう。「入社する前に、重要な能力を身に付けさせます」といった宣伝文句で。教える内容は、作文技術、報告技術、質問回答技術など、ビジネスの現場で重要な能力に絞る。もちろん、既存の社会人の多くが身に付けていないので、社員全員に教育する契約でも構わない。
 社員の能力開発に苦労している企業は多いので、意外に多くの顧客を獲得できるかも知れない。その成功に不可欠なのは、質の高い教育内容を用意して、ある程度まで身に付けさせることだ。

小規模でのビジネス開始も可能な時代

 こうした教育内容の提供は、事務所を開いている企業だけとは限らない。インターネットという有効な武器があるので、勤め人の副業としても始められる。最初のうちは少人数を相手に開始し、顧客数がだんだんと増えてきたら、独立する方法が使える。一気に独立しない分だけ、失敗のリスクを小さくできる。
 副業として始める場合、一人ではなく何人かで組織を作る手もある。事務所を開かないままでも会社形式にすれば、日本の場合、個人でやっているよりは顧客から信用されやすい。最初のうちは教材を作りながら小規模で進め、教材やノウハウが蓄積でき、顧客数が増えてきたら正式に独立すればよい。
 能力教科の多くは、インターネット中心でも教えられる。作文技術や報告技術などは、どのように作るのかを会員制ウェブページなどで説明してから、課題を与えて何か作らせる。その結果を電子メールで受け取り、直すべき点を添削して返す。質問なども電子メールでやりとりできる。
 大変なのは、こうした方法が使えない教科だ。発表技術は、発表内容を作る段階までは電子メールで済ませられるが、実際に発表する経験も重要なので、目の前で発表させて悪い点を指摘する必要がある。これは、低価格の会議室などを借りて済ませるしかないだろう。これらにかかる費用は最初から含めておく。もちろん、できるだけ安くあげる努力をして、価格に反映させるのは当然の工夫だ。
 インターネット上の小規模ビジネスでは、顧客から信用してもらえるのが難しい。支払い方法も、月単位の後払いといった利用しやすい方式を採用する。逆に、事務所を持つ英会話学校にありがちな一括前払い方式は、インターネット犯罪の心配があって適さない。その他の面でも、最初は利用しやすさを考えて工夫する必要がある。インターネットを利用すると教育が低コストで提供できるので、信頼さえ得られれば、成功する可能性は高い。

人々に効果が認められれば成功する

 以上のようなビジネスは、どんな形で登場するであろうか。まず考えられるのは、既存の教育ビジネスを行っている企業だ。少子化によって市場規模が縮小する将来に向け、新しい分野を開拓しなければならない。能力教育であれば、特定の学年ではなく全学年が対象となるのに加え、社会人にまで広げられる。習得していない人が社会に山ほどいるので、市場としては非常に広い。
 登場の別な形として、前述の副業方式がある。また、小規模ながら最初から企業として始めるケースも考えられる。効果が認知されていない段階のうちは、こちらの方が成功する可能性が高いと思う。
 こうした教育ビジネスが現れた場合、どれぐらいの速度で普及するだろうか。鍵となるのは教育にかかる費用だ。最初のうちは準備不足や作業効率も悪いので、高めの価格で登場する。当然、顧客としては裕福な人が対象となり、営業戦略もそれに沿った形で作られる。
 ある程度まで価格が下がったら、社会人を相手にした方が成功しやすい。宣伝で「いつ使うか分からない資格を数多く取得するより、自分の能力を高めた方が成功しやすい」とか「ほとんどの仕事が前より上手にできるようになり、仕事が面白くなる」と訴えれば、受講する人が増えるだろう。前述のように、大企業相手に新入社員教育として売り込む方法も面白い。
 本当に習得できる教育が提供できていれば、その効果はクチコミで広がる。とくに、習得した人の実力を目の前で見せつけられると、それを見た人は自分も習得せずにいられなくなる。こうした人が増えれば、ビジネスの規模は広がる。もっとも、その分だけ別な企業が登場して、競争が激しくなるが。
 提供する教科は、最初のうちは基本的な能力に絞り、顧客の増加に比例して増やしていく。人々に認知されてきたら、教科の種類を増やすだけでなく、各教科の上級コースを追加する手もある。より複雑な内容を文章で表現する上級作文技術とか、より難しい内容でも的確に調べられる上級調査技術とかだ。これら上級コースを受講する人は多くないだろうが、ある程度の需要は必ずある。

学校が採用するのは非常に大変

 この種の教育ビジネスが成功するほど、学校へのプレッシャーは大きくなる。しかし、変わらざるを得ない状況になっても、変えるのは非常に大変だ。まず、既存の教育で恩恵を受けている関係者が、いろいろな形で反対する。日本では、既得権を守る力に弱いので、改革するの極めて難しい。
 もし変えると決めたとしても、多くの作業が待っている。教育内容を新たに設計しなければならないし、教材も作らなければならない。それぞれの教科用に、教師を育成する必要もある。全国には多数の学校があり、育成だけでもかなりの期間を要する。
 最初のうちは、教える能力の質にバラツキが生じるため、それへの対処も求められる。既存の学校のように、教室で教えている限り、このバラツキを小さくするのは困難だ。インターネットを使った別な方式で教えようとすると、また大きな反対運動が起こり、変えるまでさらなる時間がかかる。こうなる主な原因は、多くの場面で論理的な話が通じないことなので、そう簡単には直せない。
 以上のように、学校を改革するのは非常に大変で、能力教育ビジネスは意外に長く続けられる。その間、能力教育を受けた人と受けられない人の差は開いたままになり、受けられない人はずっと損する。国民としては悲しい状況だが、そうした過程でも通過しなければ、既存の学校教育を変えることは難しい。その意味でも、能力教育を提供するビジネスは、どんどん登場してもらいたい。多くの教育関係者が、大切なことを“嫌でも気付く”ように。

(2001年4月10日)


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